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58話 深淵の森侵攻

深淵の森ダンジョン――侵入口上空。


その光景を、

俺はダンジョン内・都市部の屋敷にある作戦室で見下ろしていた。


壁一面に展開された複数のモニター。

上空視点、斜め視点、魔力反応マップ。


森の上だけが、不自然に暗い。


「……侵入口、視認」


小さく呟き、指先で表示を切り替える。


十の白い点。

アイリス率いるハーピー部隊だ。


森に近づいた、その瞬間だった。


――画面が、激しく揺れた。


樹冠が爆ぜ、

葉と木片が吹き上がる。


「来たか……!」


モニターに映るのは、

巨大な鎌が空を裂く光景。


――ヴァイオレントマンティス。


体長は人間を超え、

両腕の鎌は魔力を帯び、

振るわれた空間そのものが歪んでいる。


『回避。縦方向に』


アイリスの冷静な声が、通信越しに届く。


ハーピーたちは即座に高度を変え、

斬撃の軌道から離脱する。


その直後、

モニター右下が警告色に染まった。


「……次、来るぞ」


地面から跳ね上がる影。


――ブラッドホーンビートル。


重厚な甲殻と巨大な角を持つ個体が、

空中へ突進してくる。


「速度、予想以上だな……」


だが、隊列は崩れない。


『第二列、旋回。第一列は直進』


アイリスの指示に、

白い点が滑るように動く。


森が――動いた。


いや、動いたように“見えた”。


枝と葉が剥がれ、

羽を広げる影が一斉に浮上する。


――デスリーフローチ。


葉にしか見えなかった虫たちが、

視界を覆い尽くす。


「視界撹乱……」


俺は即座に別のモニターへ切り替え、

魔力反応のみを表示する。


「……数、相当だな」


『想定内です』


アイリスの声は、変わらない。


『高度を下げます。誘導してください』


「了解」


俺は指でルートを描く。


「右側、森が薄い。そこへ引き込め」


ハーピー部隊が旋回し、

虫たちを“引っ張る”。


その瞬間、

空気が変わった。


森の奥――

魔力反応が、ひとつ突出する。


「……来るぞ。上位個体」


枝を踏み砕き、

ゆっくりと姿を現す影。


――グリムサイズマンティス。


通常個体より一回り大きく、

鎌は明確に“処刑用”の形をしている。


『……確認しました』


鎌が振り下ろされる。


画面越しでも分かる。

その一撃は、“避け損ねたら終わり”だ。


「不用意に近づくな!」


『承知』


次の瞬間、

アイリスの周囲に風が集まる。


『――突風、集中』


圧縮された気流が、

マンティスの側面を叩きつける。


だが――


「……耐えたか」


甲殻は砕けない。


森が、さらに応じる。


画面左奥。

巨大な影が、地面を押し上げてくる。


――アイアンフォートレスビートル。


城壁のような背甲。


「完全防御型……」


その背後で、

紫の光が瞬いた。


――ヴァンパイアスタッグ。


角が光るたび、

周囲の虫たちの魔力反応が強まる。


「……支援型まで出てきたか」


森は、完全に“虫の巣”だった。


だが――


「アイリス」


俺は、短く告げる。


「外に出しすぎてる」


『……はい』


彼女も、同じ結論に辿り着いていた。


「連携が甘い。守るべき奥が、薄い」


『侵入口を削ります』


ハーピー部隊が一斉に高度を上げ、

森の“喉元”へと突入する。


画面越しに、

森が怒り狂うようにざわめく。


だが、数値は嘘をつかない。


敵の反応は、確実に遅れている。


「……いける」


俺は、静かに息を吐いた。


深淵の森は、まだ牙を残している。


だが――

確実に、押されている。


侵攻は、成功している。


そしてこの先には、

虫たちを束ねる“主”がいる。


俺は次の指示を準備しながら、

モニターから目を離さなかった。


――ここからが、本番だ。





ハーピー部隊の空中侵攻が森の外縁を削り取り、

敵の注意が上へ向いた瞬間。


俺は、別のモニターへと視線を移した。


そこに映っているのは、

地表を這うように進む影の集団。


――マリー率いる、ダークエルフ部隊。


数はわずか。

だが、足音はなく、気配も薄い。


木々の影が濃くなるにつれ、

彼女たちの姿は背景に溶け込み、

どこまでが森で、どこからが兵なのか判別がつかなくなる。


「……接敵、来るな」


俺が呟いた瞬間。


地面が、裂けた。


巨大な鎌が、落ち葉を切り裂いて跳ね上がる。


グリムサイズマンティス。


森に潜む斬首者。


だが、

その鎌が振り下ろされるより早く――


影の中から、矢が放たれた。


一直線。

無音。


マンティスの複眼を貫き、

巨体がそのまま前のめりに崩れ落ちる。


次の瞬間、

左右からさらに二体が出現。


マリーは一切声を上げず、

だが、仲間たちは一斉に動いた。


「――《リィス・ヴァル》」


短く、鋭いエルフ語。


部隊が散開する。


マンティスの鎌が空を切り、

その背後へ滑り込む影。


首筋。

関節。

腹部の柔らかい部分。


矢と短剣が、

無駄なく、正確に突き立てられる。


「……美しい連携だ」


俺は、思わず息を吐いた。


だが、森は静かに終わらない。


低い振動。


木々が、軋む。


アイアンフォートレスビートル。


装甲甲虫。

正面突破型。


突進。


地面が抉れ、

岩が砕ける。


「……止まらないぞ」


だが、マリーは下がらない。


彼女は一歩、前に出た。


「――《シャル=ナス》」


エルフ語が放たれる。


部隊が、左右へ跳ぶ。


真正面からの迎撃ではない。


甲虫の進路上、

地面の“弱い場所”へ誘導する。


倒木。

根。

湿った土。


次の瞬間、

ビートルの脚が、沈んだ。


一瞬の減速。


そこへ――


一斉射。


矢は装甲を狙わない。

脚の付け根、関節の裏、腹部の隙間。


数秒後、

巨大な甲虫が、重く横倒しになる。


その直後。


森の奥が、ざわめいた。


空気が、張りつく。


木々の上から、

無数の視線。


フォレスト・ウィドウスパイダー。


拘束型。

数で殺す。


糸が、降る。


逃げ場を塞ぐように、

森全体が網に変わる。


「……包囲か」


俺は歯を噛みしめる。


だが、画面の中で

マリーは、迷っていなかった。


「――《リィス・エル》」


短く、鋭く。


ダークエルフたちは、

一斉に木へ跳ぶ。


枝から枝へ。

影から影へ。


糸が張られる前に、

その“起点”を切り裂いていく。


蜘蛛が落ちる。

音もなく。


血も、ほとんど飛ばない。


「……森の中では、完全に主導権を握ってる」


俺は、そう判断した。


だが――


魔力反応が、奥で膨れ上がる。


数が、違う。


深部から、

さらに強力な虫系が集まり始めている。


「……無理はするな」


俺は、独り言のように言った。


だが、

マリーは振り返らない。


「――《ヴァル・リィス》」


低く、力のこもったエルフ語。


彼女は、弓を引き絞る。


その姿は、

完全に“狩人”だった。


ダークエルフ部隊は、

静かに、しかし確実に――


深淵の森の心臓部へと、

踏み込んでいく。


俺は、次のモニターへ手を伸ばした。




モニターを切り替えた瞬間、

空気の“質”が変わったのが、画面越しでも分かった。


深淵の森――

湿り、絡み、覆い尽くすような緑の支配領域。


そのただ中を、

異物が進んでいる。


――エーデルワイス率いる、火山軍団。


森の地面に足を踏み入れた瞬間から、

草木が焦げ、蒸気を上げ、枯れ落ちていく。


「……温度差で、森が悲鳴を上げてるな」


俺は、静かに呟いた。


先頭に立つのは、エーデルワイス。


白銀の髪。

涼やかな表情。


だが、その足元から広がるのは、

灼熱と破壊の領域だった。


後方には、

フレイムゴブリンの部隊。


槍と投擲武器に炎を纏わせ、

統制の取れた前進を続けている。


さらにその背後、

マグマリザードが重低音を響かせながら進む。


――接敵。


森の中から、

ヴァイオレントマンティスが跳び出した。


鎌が振り下ろされる。


だが――


当たる前に、

マンティスの前脚が、溶け落ちた。


ラーヴァスライム。


地表を流れる溶岩の塊が、

虫の脚を包み込み、焼き尽くす。


続けて、

ファイアウルフが突進。


炎を纏った体当たりが、

マンティスの胴体を吹き飛ばす。


「……一切、止まらないな」


俺は、魔力反応を追う。


火山軍団は、

防御も、回避も、考えていない。


ただ――


前へ進む。


次に現れたのは、

ブラッドホーンビートルの集団。


突進。


正面衝突。


だが、

マグマリザードが一歩前に出た。


鱗が赤く光り、

ビートルの角を正面から受け止める。


衝撃音。


次の瞬間、

リザードの尻尾が振るわれ、

甲虫の胴が叩き潰される。


火花と肉片が、

森に散った。


「……完全に、力押しだ」


だが、それが――

最適解だった。


虫系モンスターは、

拘束・奇襲・数で戦う。


だが、

この軍団には“燃やせないもの”が存在しない。


蜘蛛の糸は、

触れた瞬間に燃え落ちる。


毒は、

高温で揮発する。


装甲は、

熱で歪む。


森の奥から、

フォレスト・ウィドウスパイダーが姿を現す。


天井から降り注ぐ糸の雨。


だが――


エーデルワイスが、足を止めた。


彼女が一歩、前へ出る。


次の瞬間、

地面が赤く染まった。


ラーヴァスライムが一斉に流れ込み、

蜘蛛の巣を“地面ごと”焼き尽くす。


逃げ場は、ない。


蜘蛛が、落ちる。


焼け焦げ、

動かなくなる。


エーデルワイスは、振り返らない。


進む。


ただ、進む。


森が後退していくように見えるほど、

火山軍団は前進を続けていた。


「……削りが、早すぎる」


俺は、ダークエルフ部隊のモニターと見比べる。


影で削るマリーたち。


力で押し潰すエーデルワイス。


両輪が、

完璧に噛み合っている。


深淵の森の魔力反応が、

目に見えて減っていく。


「……このまま行けば」


俺は、確信した。


森は、耐えきれない。


外でブレイクを起こし、

内を空にしたツケが、

今、返ってきている。


火山軍団は止まらない。


虫たちは逃げる。


だが、

森にはもう、逃げ場がない。


俺は、最後のモニター――

シャドウウルフの位置を確認した。


「……もう少しだ」


深淵の森ダンジョンは、

確実に――追い詰められている。




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