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57話 ダンジョンブレイク

深淵の森ダンジョンが、ついにダンジョンブレイクを始めた。


それは、ある朝のニュース速報からだった。


「――繰り返します。

深淵の森ダンジョン周辺にて、大規模なモンスターの流出が確認されました」


ダンジョン内、都市部にある屋敷の一室。

壁一面に設置されたモニターに映る映像は、あまりにも現実感がなかった。


森の境界線が歪み、

そこから獣や異形が溢れ出してくる。


逃げ惑う人々。

鳴り止まないサイレン。

空を飛ぶ報道ドローンの視点が、混乱をさらに際立たせている。


そして、画面いっぱいに重なる赤い文字。


《非常事態宣言 発令》


周辺地域は封鎖。

一般人の立ち入りは禁止。

冒険者、ギルド、騎士団へ出動要請。


「……始まったか」


俺の低い声に、室内の空気がわずかに揺れた。


最初に口を開いたのは、結衣だった。


「深淵の森が……?

あそこ、確か今までは比較的おとなしかったよね」


「そうね」


雪が腕を組み、画面から目を離さない。


「危険ではあったけど、無秩序に溢れるタイプじゃなかった。

だからこそ、周辺の街も油断していたのかもしれないわ」


「……人が、逃げてる」


カレンの声は小さかった。

モニターに映る群衆から、目を逸らせずにいる。


「みんな……間に合うのかな……」


その肩に、彩乃がそっと手を置いた。


「祈るだけじゃ、足りない状況ですね……」


震える声を抑えながらも、現実を受け止めようとしている。


アイリスは一歩前に出て、モニターの映像を冷静に分析していた。


「主。

この規模……自然発生ではありません」


「……やっぱりか」


「はい。

魔力の流れが不自然です。

意図的に開放されています」


「つまり……」


マリーが眉をひそめる。


「中のダンジョンマスターが、やってるってこと?」


「その可能性が高いでしょう」


アイリスは淡々と続ける。


「ダンジョンブレイクは、偶発ではなく“手段”として使われています」


エーデルワイスが、静かに息を吐いた。


「……愚かな選択です」


その声には、怒りというより、冷たい断定があった。


「外に出せば、確かにポイントは得られる。

だが、制御を失えば、いずれ自分のダンジョンも滅びる」


「それでも、やる奴はいる」


俺はそう言って、画面を見る。


「……もう、世界がどうなろうと関係ないって思ってるんだろう」


紅葉が、思わず呟いた。


「これ……ギルド、パンクしますよ。

こんなの、全部対処できる規模じゃない……」


「だからこそ、非常事態宣言なのね」


雪が、静かに結論を出す。


「これはもう、一つの街の問題じゃない」


室内に、短い沈黙が落ちた。


誰もが理解していた。


――これは、始まりだ。


俺は、静かに画面を消した。


これまで噂や、遠い出来事として聞いていた“ダンジョンブレイク”が、

ついに現実として、すぐ近くまで迫ってきたのだ。


深淵の森は、これまで静かだった。

危険ではあったが、秩序は保たれていたダンジョン。


その“前提”が、今、完全に崩れた。


「……ここからは、今までとは違う」


俺は、仲間たちを見回す。


「守るだけじゃ、足りない世界に入った」





俺は、しばらく何も言わずに立っていた。


消したモニターの黒い画面に、うっすらと自分たちの姿が映り込んでいる。

誰一人として、軽い気持ちでここに立っている者はいなかった。


「……もし、このダンジョンブレイクが続けば、被害はニュースの向こう側だけじゃ済まない」


俺がそう言うと、結衣がはっとしたようにこちらを見る。


「家族……だよね」


「そうだ。俺の家族も、カレンの家族も、ここにいる全員の知り合いも、いつどこで巻き込まれるか分からない」


カレンは胸元で手を握りしめ、視線を落としたまま小さく声を絞り出す。


「……私、もう嫌なの。誰かが傷つくのを、待つだけなんて……」


その言葉に、室内の空気が張りつめた。


俺は一歩前に出る。


「ダンジョンブレイクが起きているということは、逆に言えば――」


「中が、手薄になっている可能性が高いです」


俺の言葉を継いだのはアイリスだった。


「外へモンスターを流出させている以上、内部の守りは薄くなります」


マリーが、口元を歪めて言う。


「つまり……今が、攻め時ってわけ?」


「そうなるな」


俺は皆を見回した。


「守るために迎撃するだけじゃ足りない。根を断たなきゃ、同じことが繰り返される」


エーデルワイスが、静かに一歩前へ出る。


「深淵の森のダンジョンマスターが健在である限り、ブレイクは止まらない。外に出したモンスターを囮に、本体を守るつもりだろう」


雪が低く呟く。


「……卑怯ね。人の命を、ポイント稼ぎの道具にするなんて」


紅葉が唾を飲み込みながら続ける。


「でも……攻めるって言っても、相手はダンジョンですよ? 失敗すれば、こちらも大きな被害が……」


「分かってる」


俺は即座に答えた。


「だから無理はしない。総力戦にも、正面突破にも、しない」


全員の視線が俺に集まる。


「削られた内部を、確実に、静かに突く。目的は殲滅じゃない。制圧だ」


結衣が、真剣な表情で問いかける。


「……ダンジョンマスターを?」


「そうだ」


短い沈黙が落ちる。


それを破ったのは彩乃だった。


「……それで、救える命があるなら、私はついていきます」


カレンも顔を上げ、はっきりと言う。


「私も。守られるだけじゃなくて、支えたい」


マリーが肩を回し、苦笑混じりに言った。


「はぁ……やれやれ。でもさ、こういう時に動かないと、後で後悔すんだよね」


アイリスは静かに一礼する。


「主の判断に従います。最善の配置と進軍ルート、即座に詰めましょう」


エーデルワイスは短く、しかし重い言葉を落とした。


「……終わらせよう」


その言葉に、皆が頷く。


俺は深く息を吸い、決断を下す。


「深淵の森ダンジョンを攻める。今、この瞬間にだ」


守るための戦いじゃない。

止めるための戦いだ。


この世界が、これ以上壊れてしまう前に。

俺たちの手で、終わらせる。



作戦室に、静かな緊張が満ちていた。


壁一面に投影された深淵の森ダンジョンの簡易マップ。

赤く点滅するのは、現在も外へと流出し続ける魔力の噴出口だ。


俺は、その中央に立ち、仲間たちを見回した。


「侵攻部隊を決める」


その一言で、空気が引き締まる。


「前線は三つに分ける。空、遊撃、制圧だ」


まず、俺はアイリスを見る。


「空は、アイリスに任せる。ハーピー軍団を率いて、上空からの索敵と攪乱を担当してほしい」


アイリスは一歩前に出て、静かに頷いた。


「承知しました。森の上空制圧と、敵の配置把握を最優先で行います。風を使った伝達で、常に情報を共有します」


次に視線を向けたのは、マリーだ。


「地上の遊撃はマリー。ダークエルフ部隊で、罠の無力化と要所への奇襲を頼む」


マリーは口角を上げ、弓を軽く叩く。


「了解。森の中での戦いなら、あーしたちの独壇場っしょ。相手が気づく前に、首元に矢が刺さってるって感じでいくよ」


そして、エーデルワイス。


「正面制圧は、エーデルワイス。火山ダンジョン由来のモンスターたちを率いて、道を切り開いてくれ」


エーデルワイスは、冷たい瞳でマップを見つめたまま言う。


「了解しました。火に耐性を持つ部隊を前に出します。森の魔物が相手でも、押し負けることはありません」


最後に、俺は影の隅に視線を向ける。


「シャドウウルフは単独行動。深部への偵察と、想定外の敵への即応を任せる」


影が、静かに揺れた。

低く、了承の気配が伝わってくる。


「なお、ガーディアンキャットとフェニックスは残留だ」


俺ははっきりと言った。


「円頓寺ダンジョンの防衛を最優先する。ブレイク中のダンジョンに攻め込む以上、留守を突かれる可能性はゼロじゃない」


ガーディアンキャットは不満そうに尻尾を揺らしたが、フェニックスは炎を静かに収め、動かなかった。


その時だった。


「……私も、行きたい」


結衣が、拳を握りしめて前に出た。


「足手まといにはならない。今の私なら、ちゃんと戦える。深淵の森で人が傷ついてるなら、黙って待ってなんていられない」


その言葉に、雪が即座に反応する。


「駄目よ」


きっぱりとした声だった。


「あなたは強くなってる。でも、相手はダンジョンブレイク中の深淵の森。予測不能の危険が多すぎる」


結衣は食い下がる。


「でも――」


「駄目」


雪は一歩前に出て、結衣の肩に手を置いた。


「あなたに何かあったら、ここが壊れる。カレンも、子供たちも……それに、土門くんも」


その名前が出た瞬間、結衣は言葉を失った。


室内に、重たい沈黙が落ちる。


俺は、ゆっくりと口を開いた。


「結衣。お前が戦いたい気持ちは分かる」


結衣が、悔しそうに唇を噛む。


「……でも今回は、違う」


俺は、はっきりと言った。


「これは“止める戦い”だ。感情で踏み込む場所じゃない」


一瞬、目が合う。


「お前には、帰る場所を守ってほしい。円頓寺ダンジョンを」


結衣は、しばらく俯いていたが――

やがて、静かに頷いた。


「……分かった。ここ、守る」


その声は、まだ悔しさを含んでいたが、迷いはなかった。


布陣は、決まった。


空を制するハーピー。

影を駆けるダークエルフ。

道を焼き払う火山の軍勢。

そして、闇に溶ける狼。


俺は、全員を見渡す。



「深淵の森ダンジョンを制圧する。誰一人かけることは許さない」





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