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56話 アラクネ

ダンジョンは、今日も静かに発展を続けていた。


廃遺跡エリアには新たに Dランク・ガーゴイル を配置した。

普段は石像として沈黙しているが、侵入者が一定距離に踏み込んだ瞬間、石の翼を広げて襲いかかる迎撃型だ。


「……よし、これで廃遺跡は当分安定するな」


戦力の補強は順調だった。



その日の昼下がり。

星ヶ丘カフェで軽食をとっていると、カレンと結衣が並んで楽しそうに話していた。


「ねえ、せっかく髪も切ったし」

「うん、服も新しくしたくなるよね」


二人とも、以前より表情が柔らかい。

美容院の効果は、見た目以上に心にも作用しているらしい。


「……確かに」


今までは実用重視で済ませてきたが、

“選ぶ楽しさ”を奪っていたのは俺だったかもしれない。


「じゃあ、作るか」


俺はダンジョンメニューを開いた。



【アラクネ(Bランク) 召喚】


現れたのは、上半身が人型、下半身が蜘蛛のアラクネ。

だが雰囲気は戦闘型というより――


「はぁ〜い♡ 服はね、体型と動きと“その人らしさ”よ!」


派手な身振りと独特な口調。

どう見ても服作りに人生を捧げているタイプだ。


「さっそく採寸いくわよ〜!」


そう言うや否や、カレンと結衣を試着用のスペースへ案内する。


「ちょ、ちょっと待って……!」

「だ、大丈夫なのこれ……?」


「心配ご無用♡ プロは“一瞬”しか見ないから!」


その言葉通り――

布を当て、姿勢を確認するその一瞬。


カレンが腕を上げた拍子に、

シャツの裾がふわりと浮き、内側のインナーがちらりと覗いた。


「――っ!」


思わず視線を逸らす俺。


「きゃっ……!」

「ご、ごめん!」


カレンは慌てて裾を押さえ、頬を赤く染める。


「もう、見た!?」

「見てない、見てない!」


即答だった。


その隣では、結衣が逆に固まっていた。


「……あ」


採寸用のメジャーを当てるため、少し前かがみになった瞬間、

肩口から覗くストラップに気づいたらしく、はっとする。


「ちょ、ちょっと待って!」

「はいはい♡ そこまで〜」


アラクネが即座に布をかける。


「事故事故♡ こういうのは全部“なかったこと”にするのが大人よ」


二人は顔を真っ赤にして、俺の方を睨む。


「……見てないからな?」

「ほんとに?」


疑う視線が刺さる。


「本当に」


そう言うと、二人は少しだけ安心したように息を吐いた。



後日。


たぬきが作った店舗に、完成した服が並ぶ。


「すご……」

「これ、私の?」


鏡の前でくるりと回る二人。


上品で動きやすく、それでいて今までより少し大人っぽい。

“おしゃれを楽しむ”という感覚を、初めて取り戻したようだった。


「……似合ってる」


そう言うと、二人は同時に少し照れた顔をする。


「ありがとう」

「なんか、嬉しいね」


ダンジョンは、戦うための場所だ。

だが――


「こういう時間も、必要だな」


生活があり、笑顔があり、

ほんの小さなドキッとする瞬間がある。






そしてなぜかファッションショーを開催することになった。



ダンジョンの広場は、すっかり“ランウェイ”になっていた。


石畳の上に赤い布が敷かれ、魔法灯が左右から柔らかく照らす。

光は強すぎず、布の色や肌の陰影がきれいに浮かび上がる絶妙な加減だ。



観覧席はハーピー、ダークエルフ、ゴブリン、オークなどの人型生物で埋まっており、なぜか盛り上がっている。



「……本当にショーになってるな」


俺の呟きに、アイリスが淡々と頷く。


「照明角度、床反射率、歩行幅。

すべて実用と鑑賞性の両立を意識しました」


どこでそんな知識を。



最初に現れたのは――カレン。


生成り色を基調にしたワンピース。

胸元は控えめに丸く、ウエストで一度絞られ、そこから裾がふわりと広がる。


生地は薄手だが張りがあり、歩くたびに空気を含んで柔らかく揺れる。

スカート丈は膝下で、露出は少ないのに、なぜか目を引く。


「……どう、かな?」


緊張した声とは裏腹に、光を受けたワンピースが彼女の明るさをそのまま形にしたようだった。


「かわいいー!」

「花みたい!」


カレンは照れながら、裾をつまんで小さく一礼する。



次は 結衣。


一見すると軽装だが、よく見ると計算され尽くしている。


短めのジャケットは肩周りに余裕を持たせ、動きを妨げない。

インナーは体に沿うが締め付けすぎず、腰には細いベルト。


パンツは太腿に余裕があり、膝から下にかけてすっと細くなる。

剣を振っても、走っても邪魔にならない。


「……戦えそう、だよね?」


「戦う姿が想像できる」「かっこいい!」


結衣は少し照れつつ、でも誇らしげに立っていた。



雪が出た瞬間、空気が一段落ち着く。


深い紺色のロングスカート。

上は体のラインを拾いすぎないニット素材で、首元はゆったり。


歩くたびにスカートが静かに揺れ、余裕と色気が同時に漂う。


「落ち着いていて、それでいて……女性らしいでしょう?」


一言で、全員が納得した。



彩乃は柔らかなパステルカラー。


袖の長いブラウスに、軽いフレアスカート。

どこか守ってあげたくなる雰囲気だが、清楚で凛としている。


「派手じゃない方が……落ち着くので……」


拍手は静かだが、確かだった。



続いて 紅葉。


少し仕事寄りの装いだが、ラインはきれいだ。


ジャケットは短めで、パンツは足首が見える丈。

動きやすさと大人っぽさが両立している。


「……これなら、どこでも働けそう」


「もう働いてるでしょ」と誰かが突っ込み、笑いが起きる。



明日香はプロらしい服。


黒を基調にしつつ、差し色で赤。

汚れても様になる生地で、袖は動きやすく短い。


「立ち仕事は、服が相棒だからね」


その言葉に、女性陣が頷く。



エーデルワイスは、まるで雪原そのもの。


白と淡い水色の層になった服。

布は厚めだが重くなく、動くたびに光を反射する。


「……涼しい」


それだけで十分だった。



マリーは軽快。


ショート丈のトップスに、動きやすいスカート。

布は柔らかく、風を受けるとひらりと舞う。


「かわいくて強いって、最強じゃん?」


異論はなかった。



アイリスは機能美の塊。


無駄な装飾はなく、動線と視界を妨げない設計。

それでいて、シルエットは洗練されている。


「主の業務効率を下げません」


なぜか拍手が大きくなる。



全員が並び、アラクネが満足そうに頷く。


「服ってね、生き方なのよ」


その瞬間。


「オイラも……」


現れたのは――スーツ姿のたぬき。


ぴしっとしたジャケット、きちんとしたパンツ。

サイズ感が完璧すぎて逆に笑える。


「社会人だなも!」


一瞬の沈黙。


そして――


大爆笑。


「似合いすぎ!」

「なんで一番完成度高いの!」


たぬきは胸を張る。


「次はベストも作るだなも!」


笑い声が、ダンジョンに満ちた。


俺は思う。


戦うだけじゃない。

生きて、笑って、装う。


この場所は、もう“住処”だ。


そして今日も、円頓寺ダンジョンは――

とても賑やかだった。

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