表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/69

53話 妹視点


――桜視点――



ギルドのホールは、今日も人で溢れていた。


金属がぶつかる音、魔法の残滓が揺れる気配、張り出された依頼書を前にした冒険者たちのざわめき。

そんな喧騒の中で、私は掲示板の前に立っていた。


「……ここかな」


指先が止まったのは、一枚の依頼書。


――《深淵の森ダンジョン 調査依頼》

ランク:C

内容:モンスター数減少の調査、異常があれば報告。


「思ったより軽そうだね」


隣で、姫華が首をかしげる。


「でも“深淵”って名前がついてる時点で怪しくない?」


「あはは、名前負けしてるダンジョンも多いし」


私は軽く笑った。


実際、ここ最近の依頼はどれも拍子抜けだった。

私の剣は鈍っていない。

仲間も強い。


――正直、少し物足りないくらいだった。


「行こっか。早めに片付けて戻ろう」


そう言って振り返ったときだった。


「……少し、お時間よろしいですか?」


落ち着いた、低めの声。


振り返ると、受付カウンターの奥から一人の女性が出てきていた。


年の頃は三十前後。

黒髪をきっちりとまとめ、制服の着こなしもきっちりしている。

どこか軍人のような雰囲気。


「あなた方が、オリジン・ワンですね?」


「はい、そうですけど……」


「私はギルド受付係の**三枝さえぐさ**と申します」


深く、丁寧なお辞儀。


「この依頼に関して、少し補足があります」


彼女は声を落とし、周囲を一瞥してから続けた。


「正式には“調査依頼”ですが……最近、この森に入った冒険者が、妙に戻ってきません」


「え?」


「死亡報告ではありません。ただ、連絡が途絶えているだけです」


その言葉に、空気がわずかに張りつめる。


「ギルドとしても原因を掴みきれていなくて……正直に言えば、あまり楽観できません」


私は少しだけ考えたあと、笑ってみせた。


「でも、危険度はCですよね?」


「ええ……現時点では」


三枝さんは、言葉を選ぶように一拍置いた。


「ですが、もし異変を感じたら、無理をせず引き返してください」


その目は、本気だった。


「……あなたたちのような若い冒険者が、無理をするのを見るのは……正直、つらいんです」


その一言に、胸の奥が少しだけ温かくなる。


「ありがとうございます」


私は頭を下げた。


「でも、大丈夫です。私たち、ちゃんと帰ってきます」


そう言い切ると、三枝さんは一瞬困ったように笑い、


「……そう言ってくれるなら、信じます」


そう答えた。


依頼書に判を押し、カウンターを離れる。


背中に、彼女の視線を感じながら。


――その時はまだ、知らなかった。


この森が、

“楽勝”なんて言葉を許さない場所だということを。







私達はジャングルの中を警戒しながら歩いていた。



深淵の森ダンジョンと聞いて、もっと禍々しい場所を想像していたからだ。

実際に足を踏み入れた森は、どこか静かで、風の音が心地よく、光も差し込んでいた。


「……意外と、普通だね」


私の言葉に、仲間たちも頷く。


「Cランクだしな。拍子抜けだよ」

「気を抜くなよー?」


軽口を叩き合いながら、私たちは進んでいた。


そのときの私は、自分が強くなったと、どこかで思い上がっていた。


剣聖のスキル。

数々の実戦。

仲間との連携。


――もう、守られる側じゃない。


そう思った、その瞬間。


足元が、不自然に沈んだ。


「……え?」


次の瞬間、地面が崩れた。


「っ――!?」


身体が宙に投げ出される。

咄嗟に剣を突き立てるも、柔らかい土に弾かれる。


「桜!!」


仲間の叫びが遠ざかる。


絡みつく蔦。

魔力を吸う嫌な感触。


(……罠……!?)


身体が重く、思うように動かない。


「……くっ……!」


必死に剣を握るが、力が抜けていく。


その瞬間、胸をよぎったのは――


(お兄ちゃん……)


病室で眠る兄の姿。


あのとき、私は何もできなかった。


それなのに、今も。


(……また、守れない……)


悔しさと恐怖で視界が滲んだ、その時だった。


――風が、吹いた。


それも、生ぬるい風じゃない。

鋭く、澄んだ、刃のような風。


絡みつく蔦が一瞬で断ち切られる。


「……え?」


身体がふわりと浮いた。


誰かに、抱き上げられた感覚。


視界に入ったのは、白い髪。


風を纏う、凛とした女性。


「大丈夫ですか」


落ち着いた声。


どこか冷たいのに、不思議と安心する声だった。


「あなたは……?」


問いかけると、彼女はほんの一瞬だけ視線を逸らした。


「……通りすがりです」


その言葉とは裏腹に、彼女の周囲では風が渦を巻き、近づく魔物を一瞬で切り裂いていく。


圧倒的だった。


力で押すのではなく、無駄のない動き。

必要最低限の殺意。


「……すご……」


思わず漏れた言葉に、彼女は少しだけ困ったように眉を下げた。


「あなたは、ここに来るべきではありません」


その声音には、責める色がなかった。


「でも……」


言いかけたとき、彼女は私をそっと地面に下ろした。


「ここから先は、私が引き受けます」


「待って!」


思わず声を上げる。


「あなたは……誰なんですか?」


彼女は一瞬だけこちらを振り返った。


その瞳は、澄んでいて――

どこか、寂しそうだった。


「……アイリス」


そう名乗って、微かに微笑む。


その瞬間、理解した。


――モンスター。


けれど、恐怖はなかった。


むしろ、胸の奥に温かいものが広がる。


「……ありがとう」


そう言うと、彼女は少しだけ目を見開き、すぐに視線を逸らした。


「礼など……必要ありません」


そして、風が強く吹いた。


次の瞬間、彼女の姿は霧のように消えていた。


残された私は、膝に力が入らず、その場に座り込む。


胸が、まだ高鳴っている。


(モンスターが……優しい……?)


今まで、そういう存在だなんて思いもしなかった。


でも、確かに――助けられた。


それは紛れもない事実だった。


「……私、もっと強くならなきゃ」


小さく呟く。


守られる側でいるだけじゃ、ダメだ。


誰かを守れるくらい、強くならなきゃ。


あの白い風の人に、もう一度会った時、

今度は対等に話せるように。


深淵の森の奥で、私はそう誓った。


そして――


その“風”が、私の大切な人に繋がっているなんて、

この時の私は、まだ知る由もなかった。









――円頓寺ダンジョン・中枢。


静かな空気の中、書類に目を通していると、背後から軽い羽音がした。


「主」


振り返ると、白い翼をたたんだハーピー――アイリスが立っている。


「偵察から戻りました」


「何かあったか?」


いつもと同じ問いかけだったが、彼女の表情が少しだけ硬い。


「深淵の森ダンジョン周辺で、冒険者パーティと遭遇しました」


「そうか、アイリスは怪我はないか」



「私は問題ありません。しかしその中に……見覚えのある気配がありました」


「見覚え?」


「はい。主がよく知っている人物です」


一瞬、胸がざわつく。


「……誰だ?」


アイリスは少しだけ言いづらそうに視線を逸らした。


「“桜”と名乗っていました」


その名を聞いた瞬間、思考が止まった。


「……桜?」


「はい。主が前に妹がいると話しており、桜と呼んでいた記憶があります。」


息が詰まる。


桜――

俺の妹。冒険者学校で生活を送っているだけだと思っていた。


「……何をしてた?」


「オリジンワンというパーティに所属していました。戦闘中でした」


言葉が喉につかえる。オリジンワンって新進気鋭のパーティではないか。


「……戦って、た?」


「はい。前衛で仲間を庇っていました」


頭の奥が、じんと熱くなる。


「怪我は?」


「軽傷です。致命的ではありませんでした」


胸をなで下ろす。


「そうか……」


しばらく黙り込む。


「……だが、桜が戦えるなんて……」


俺の知っている桜は、危ないことを好むタイプじゃなかった。

むしろ、誰かの後ろでついていき支える側だったはずだ。


「彼女は“剣聖”のスキルを持っています」


アイリスの言葉に、思わず顔を上げる。


「……剣聖?」


「はい。かなりの実力です。戦い方も洗練されていました」


……知らなかった。


毎日のように顔を合わせて、話もしていた。

それなのに、俺は何も気づいていなかった。


「……そうか」


視線を落とす。


「俺は、何も知らなかったんだな」


「いいえ」


アイリスが首を振る。


「主は、知らなかったのではなく……知ろうとしなかったのだと思います」


その言葉が、胸に突き刺さる。


「守るために、距離を取っていた」


「その優しさが、逆に見えなくしていたのかもしれません」


しばらく沈黙が続く。


やがて、俺は静かに言った。


「……今は、まだ会わない」


「はい」


「だが、危険が及ぶなら――」


「その時は、私が知らせます」


アイリスはそう言って、静かに頭を下げた。


「……彼女は、強いです。ですが世の中にはもっと強い者がいます。それにちょっと生き急いでいるような感じが見受けられます


「昔から、そうだ」


苦笑する。


「だからこそ……お兄ちゃんが見ていないと、な」



俺は天井を見上げる。


同じ空の下で、同じ時間を生きている。


それだけで、今はいい。


――まだ、交わらなくていい。


それぞれの場所で、進めばいい。


そう、思っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ