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52話


まだ本調子とは言えないものの、体調は驚くほど安定していて、歩くことも、少しなら走ることもできるようになっていた。



「ねえ、今日はどこに行こうかな?」



朝の光が差し込む通路で、彼女はそんなふうに笑う。


その声は、ダンジョンに少しずつ“日常”を取り戻させていた。



最初に訪れたのは――ジャングルエリア。


青々とした木々の間を抜けると、トレントがゆっくりと枝を揺らして迎えてくれる。


「わぁ……大きい……!」


カレンは目を輝かせて見上げた。


「こんにちは。今日はいい天気だね」


当然、言葉は返ってこないが、トレントは枝を揺らし、葉を落とすことで応えた。


「今、返事してくれたよね?」


そう言って笑う彼女を見て、フロースが少しだけ驚いたような顔をする。


「……植物の反応が、明らかに柔らかい」


カレンが触れた場所だけ、葉が瑞々しく輝いていた。


「ふふ、くすぐったいのかな?」


トレントは、照れるように枝を揺らした。



次に向かったのは、地下の墓地エリア。


薄暗い通路に、青白い灯りが揺れている。


「ここは……ちょっと、ひんやりするね」


そう言いながらも、カレンは怯えなかった。


スケルトンたちがぎこちなく整列する。


「えっと……こんにちは?」


間があってから、スケルトンがぎこちなく手を振った。


「……ふふ。かわいい」


その一言で、スケルトンたちは明らかに動揺した。



ざわざわと骨が鳴る。


「うん。かわいくてかっこいいよよろしくね?」


その言葉に、彼らは誇らしげに背筋を伸ばした。


ワイトが少し離れた場所からその様子を見て、静かに頷く。


「(……不思議な方だ)」



廃遺跡エリアでは、ゴーレムたちが作業をしていた。


石を積み、通路を補修し、静かに働くその姿に、カレンは思わず拍手した。


「すごい……力持ちなんだね!」


ゴーレムは一瞬動きを止め、それから少し誇らしげに胸を張った。


オークたちも、照れたように鼻を鳴らす。


「なんだか、みんな……優しい顔してる」


その言葉に、マリーが小さく笑った。


「それ、あんたがそう見てるからだよ」



そして、都市エリア。


星ヶ丘カフェの前では、雪が忙しそうに立ち働いていた。


「いらっしゃいませ〜……あ、カレン!」


「雪さん!」


ふたりは自然に笑顔を交わす。ひとしきりガールズトークをした2人。



「無理してない?」


「うん、大丈夫。楽しいの」


そう言う雪の横で、結衣が野菜を運んでいた。


「カレン、後で一緒に畑行こ?」


「行く行く!」


その様子を見て、カレンは少し胸があたたかくなる。


「……ここ、ほんとに“家”みたいだね」



最後に訪れたのは、静かな場所。


小さな丘の上、ネモフィラが揺れる場所。


「わぁ……」


青い花畑に、風が吹き抜ける。


「きれい……」


彼女はそっと膝をついて、花に触れた。


「ここでね……」


そう言って、振り返る。


「前に、土門くんが言ってたの。ここは“守りたい場所”だって」


その言葉を思い出して、胸がじんわりと温かくなる。


「私も……守りたいな」


そっと、微笑む。


「この場所も、みんなも」





その時、風が強く吹き、花が一斉に揺れた。


まるで祝福するように。




カレンがダンジョンの中を歩いていく後ろ姿を、俺は少し距離を取って見ていた。


明るくて、誰にでも笑顔を向けて、

どんな存在にも自然に話しかける――

そんな彼女を見ていると、胸の奥が少しだけ痛む。


彼女はもう知っている。


この場所が「優しい世界」だけじゃないことを。


俺が、どんな選択をしてきたのかも。


ダンジョンは、人を守る場所だ。

だが同時に、人を殺す場所でもある。


それを、彼女は理解している。


それでも――


「土門くん」


不意に呼ばれて、足を止めた。


振り返ると、カレンが少し困ったように、でもまっすぐな目でこちらを見ていた。


「ね、私……知ってるよ」


胸が、ぎゅっと締め付けられる。


「このダンジョンで、たくさんの命が失われたこと」


一瞬、言葉を失う。


でも、彼女は続けた。


「でもね、それでも私は……あなたのこと、怖いって思えなかった」


ゆっくり、近づいてくる。


「だって……あなたは、守ろうとしてた」


「守るために、選んだんだって……分かるから」


その言葉は、責めるでもなく、許すでもなく――ただ、受け止めてくれる声だった。


俺は思わず、視線を逸らす。


「……俺は、いい人間じゃない」


「分かってる」


即答だった。


「でも、悪い人でもない」


彼女はそう言って、少し笑った。


「それに……守られるだけなんて、嫌だよ」


俺は、はっとして彼女を見る。


「私だって、ここにいるんだもん」


小さく拳を握りしめる。


「一緒に立ちたい。守られる側じゃなくて、隣で」


その言葉に、胸の奥が熱くなる。


「……危ないんだ」


「知ってる」


「怖い思いも、する」


「うん」


それでも――と、彼女は続けた。


「それでも、土門くんが背負ってるものを、少しでも一緒に持ちたい」


風が吹いて、ネモフィラが揺れた。


青い花が、静かに波打つ。


俺は、ゆっくりと息を吐く。


「……ありがとう」


それしか言えなかった。


カレンは、ふっと微笑んで、俺の隣に立つ。


「ね。これからは一人じゃないでしょ?」


その言葉が、胸に深く染み込んだ。


ダンジョンは危険だ。

血も、死も、絶望もある。


それでも――


彼女が隣にいるなら。


守るだけじゃない。

一緒に、進める。


そんな気がした。


俺は、静かにうなずいた。


「……ああ」


風がまた吹いた。


ネモフィラの花が、まるで祝福するように揺れていた。

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