51話
朝の光が、ゆっくりと差し込んできた。
淡い光がカーテンの隙間からこぼれ、部屋の輪郭をやさしく照らしていく。
その光に包まれて、俺はゆっくりと目を覚ました。
……あたたかい。
隣に、確かな体温がある。
布の感触と、かすかなぬくもり。
そして、規則正しい寝息。
視線を落とすと、カレンがすぐそばで眠っていた。
髪は少し乱れていて、昨夜の名残のように頬がほんのり赤い。
肩にかかるシーツをそっと引き寄せると、彼女は小さく身じろぎして、また静かに息をついた。
その仕草があまりにも無防備で、胸がぎゅっと締めつけられる。
「……朝、か」
声に出さずに呟く。
昨夜のことが、ゆっくりと蘇る。
言葉を交わし、気持ちを確かめ合い、
不安も、怖さも、全部吐き出して――
気づけば、こうして隣にいた。
触れ合った記憶が、まだ体の奥に残っている。
不思議と、後悔はなかった。
ただ、温かい。
「……ん……」
小さく声を漏らして、カレンが目を開ける。
一瞬、状況を理解できていないようで、ぱちぱちと瞬きをして――
やがて、俺と目が合った。
「……おはよ」
少し照れたように、そう言った。
「おはよう」
それだけで、胸が満たされる。
彼女は少しだけ視線を逸らし、シーツを胸元まで引き寄せる。
「……変な夢、じゃなかったんだ」
「うん」
「……よかった」
小さく、息を吐いて笑う。
沈黙が落ちるけれど、不思議と気まずくはない。
「ねぇ」
「ん?」
「……これからも、そばにいてくれる?」
その問いに、迷いはなかった。
「もちろん」
即答すると、彼女は少し驚いた顔をしてから、安心したように目を細めた。
「……よかった」
そう言って、そっと俺の腕に触れる。
触れ合う距離が、自然になっていることが嬉しかった。
遠くで、誰かの足音が聞こえた。
朝が、始まる。
「そろそろ起きないとな」
「うん……でも、もうちょっとだけ」
そう言って、彼女は軽く寄り添ってくる。
そしてキスをし昨日の夜の続きをまた行なって眠りについた。
カーテンの隙間から射す光に、俺は目を細める。
……静かだ。
静かすぎる。
その瞬間、嫌な予感が背筋を走った。
「……ん?」
隣で、小さく寝返りを打つ気配。
――あ。
一気に意識が覚醒する。
「……カレン?」
「……ん、なに……?」
眠そうな声が返ってきて、心臓が跳ねた。
そうだ。そのまま眠って……。
状況を理解した瞬間、俺は勢いよく身を起こした。
「やばっ……!」
「え、なに、どうしたの……?」
その時だった。
――コンコン。
扉を叩く音。
「おはようございます。朝食の準備ができました」
凛とした声がアイリスだ。
「えっ」
「えっ」
二人の声が重なる。
次の瞬間、さらに別方向から声が飛んできた。
「おーい、土門くんー? そろそろ起きてるー?」
マリーの声だ。
「……やばい」
「やばいね」
視線がぶつかる。
一瞬の沈黙。
「……隠れる?」
「どこに!?」
部屋を見回す。
ベッド、机、クローゼット――
「ここ!」
カレンが指差したのは、ベッドの反対側にある小さな物置スペース。
「む、無理じゃ……」
「いいから早く!」
ぐいっと引っ張られ、俺は半ば押し込まれる。
その瞬間――
ガチャ。
扉が開いた。
「失礼しま……」
アイリスが一歩踏み込んだ瞬間、ぴたりと止まる。
視線が、部屋をぐるりと一周する。
「……?」
俺は息を殺した。
カレンは平静を装って、ベッドに腰掛けている。
「お、おはようございます、アイリス」
「……おはようございます」
一瞬、沈黙。
アイリスの視線が、ベッド、机、そして――物置の方へ。
「……あれ?」
カレンが慌てて咳払いをする。
「き、今日は少し早く起きちゃって……準備してたところで……」
「……?」
その時、外からまた声が飛ぶ。
「おーい! まだ寝てんのー? 朝ごはん冷めるよー!」
マリーだ。
「ちょ、ちょっと待って!!」
カレンが叫ぶ。
「い、今着替えてるから!!」
「えー? 珍しー」
その瞬間、アイリスの眉がぴくりと動いた。
「……着替え、ですか?」
「う、うん!」
一瞬の沈黙。
そして――
「……なるほど」
何かを悟ったような、妙に納得した声。
「では、五分後にまた来ます」
そう言って、静かに扉を閉めた。
足音が遠ざかる。
――静寂。
俺は、そっと物置から顔を出した。
「……助かった?」
「……たぶん」
カレンは顔を真っ赤にしている。
「もう……なんでこんなことに……」
「ご、ごめん……」
「謝らないで……私も……」
そのとき。
外から、くすくす笑う声。
「いやー、朝から青春だねぇ〜」
マリーだった。
「情熱な声聞こえてたよー?」
「ちょっと!!」
二人同時に叫ぶ。
「冗談冗談」
笑い声が遠ざかっていく。
「……最悪」
俺が呟くと、カレンは吹き出した。
「……ふふ」
「笑うなよ」
「でも……ちょっと、楽しかった」
そう言って、柔らかく笑う。
ドタバタで、恥ずかしくて。
でも、どこか温かい朝だった。
――今日も、きっと騒がしい一日になる。
そう思いながら、俺たちはようやく部屋を出た。
食堂には、すでに皆が揃っていた。
雪がエプロン姿で料理を並べ、子どもたちはきゃいきゃいと騒いでいる。
「おはよー!」
「おはよう!」
元気な声が飛び交う中、俺とカレンは少しぎこちなく席に着いた。
「……あれ?」
雪が一瞬、二人を見比べて、にこっと笑う。
「仲、良くなったみたいですね」
「ち、違……!」
「そ、そういうのじゃ……!」
また同時。
周囲からくすくすと笑い声が上がる。
アイリスが淡々と付け足す。
「安心してください。規律違反ではありません」
「そこ問題じゃない!」
マリーは肩を揺らして笑っている。
「いやー、朝から平和だわ」
「もう……」
カレンは顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうだった。
朝食を食べながら、彼女が小さく言う。
「……でも、昨日は……ありがとう」
「ん?」
「ちゃんと、眠れた」
そう言って、そっと微笑む。
胸の奥が、じんわり温かくなる。
「……それなら、よかった」
窓の外では、柔らかな光が差し込み、ダンジョンの朝が始まっていた。
甘々ですね




