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48話 ギルド受付嬢 視点


――世界が壊れ始めてから、もう随分経った。


ダンジョンが現れ、人が死に、街が変わり、価値観がひっくり返った。


私はその渦中で、ただ流されてきただけの人間だった。


名前は東山紅葉。

年齢は二十代半ば。

元・ニートで、現・ギルド受付嬢。


親の会社はダンジョン災害の煽りを受けて倒産し、私は半ば放り出されるように社会に出た。

「鑑定」のスキルを持っていたから、運よくギルドに拾われただけ。


それだけだった。


だから私は、ギルドという場所に“居場所”を感じていた反面、

ここが好きだったわけじゃない。


毎日、命知らずの冒険者が出入りし、

大した実力もないのに虚勢を張って、

少し可愛い女を見れば口説いてくる。


私はそれを笑顔で受け流しながら、内心ではずっと思っていた。


――どこかに、逃げ場はないのかな。


そんなある日。


ギルドの空気が、明らかに変わった。


入り口に立っていたのは、銀髪の美女と、一人の青年。


彼女は、ただそこに立っているだけで空気を冷やすような存在感を放っていた。


無意識に鑑定をかけた私は、思わず息を飲む。


【雪女 エーデルワイス Aランク】


……は?


思考が追いつかない。


その隣に立つ青年にも視線を向ける。


【中村 大門】

【スキル:ダンジョンマスター】


――嘘でしょ。


ダンジョンマスター。


しかも、円頓寺ダンジョン。


最近、噂になっている“被害の少ないダンジョン”の主。


私は思わず、お茶を吹きそうになった。


その瞬間、彼と目が合った。


「……あの、大丈夫ですか?」


声は穏やかで、拍子抜けするほど普通だった。


その“普通さ”が、逆に異常だった。


ダンジョンマスターって、もっとこう……狂気とか、傲慢さとか、そういうものを纏っている存在だと思っていた。


でも、目の前の彼は違った。


後ろに控える雪女――エーデルワイスが一歩前に出かけて、彼がそっと手で制する。


「いいから」


その仕草が、あまりにも自然で。


私はその瞬間、なぜか確信した。


――この人は、支配する人じゃない。


守る人だ。


それからの会話は短かった。


ギルドの状況、最近のダンジョン事情、火山ダンジョンの件。


私は職務として話しながら、同時に彼の“空気”を見ていた。


怖くない。


でも、甘くもない。


ちゃんと覚悟を背負っている目だった。


そして、唐突に思った。


「……ここじゃない」


私は、このギルドにいる限り、ただの“便利な鑑定係”で終わる。


でもこの人のそばなら――

もっと違う場所に立てるんじゃないか。


話が終わり、彼が立ち去ろうとした時だった。


気づいたら、私は声を出していた。


「ま、待ってください」


振り返る彼。





私は、ほんの少しだけ距離を詰めた。


周囲に聞こえないよう、声を落とす。


「……あの、ちょっとだけ、いいですか」


中村さんがこちらを見る。


その目を見た瞬間、もう誤魔化しはきかないと悟った。


私は視線を逸らし、小さく息を吸う。


「……さっき、鑑定……使いました」


一瞬、空気が張りつめる。


でも、すぐに続ける。


「癖みたいなもので……意識してなくても、相手を見ると発動しちゃうんです」


指先をぎゅっと握る。


「だから……あなたのことも、見えました」


声を落として、囁く。


「――中村大門。

スキル、《ダンジョンマスター》」


一拍。


彼の目が、わずかに細くなる。


「……それで?」


責めるような響きはなかった。

ただ、真っ直ぐな問い。


私は小さく首を振る。


「誰にも言ってません。言うつもりもありません」


顔を上げる。


「だって……それがどれだけ危険な立場か、分かりますから」


少し苦く笑う。


「今の世界でダンジョンマスターなんて、

利用されるか、押し付けられるか、最悪――消される」


言葉を選びながら続けた。


「でも……それでも」


ちらりと、後ろに控える銀髪の女性を見る。


「エーデルワイスさんがいるのを見て、思ったんです」


視線を戻す。


「ちゃんと、仲間として扱ってるんだなって」


一瞬、視線が交わる。


冷たいはずの瞳に、妙な落ち着きがあった。


「……だから、言いません」


声を落とす。


「あなたを売る気は、ありません」


少し間が空く。


遠くで人の話し声がして、また消える。


私は深く息を吸った。


「……それで、お願いがあります」


一歩、近づく。


「私を、ここで雇ってください」


彼が一瞬、目を見開く。


「ギルド、辞めます」


静かに、でもはっきり言った。


「正直に言うと……お金が欲しいんです」


一瞬の沈黙。


でも私は目を逸らさない。


「今のギルド、ブラックすぎて。

命張って、残業して、責任だけ押し付けられて……給料は雀の涙」


肩をすくめる。


「危険なのは分かってます。

ダンジョンの方が、たぶん、ずっと危ない」


少しだけ笑う。


「でも……ここなら、“納得して働ける”って思ったんです」


視線をまっすぐ向ける。


「ちゃんと話が通じる人がいて、

命を道具みたいに扱わない場所」


少し、声を落とす。


「……そんな“ホワイト寄り”なダンジョン、他に無いです」


沈黙。


中村さんはしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「……うちは、安全じゃない」


「はい」


「命の保証もしない」


「承知してます」


「それでも?」


私は頷いた。


「それでも、ここで働きたいです」


少しだけ笑う。


「どうせ危険なら、納得できる場所がいいですから」


一拍の沈黙。


そして、彼は小さく息を吐いた。


「……分かった」


胸が、ぎゅっと締まる。


「条件はひとつ。無理だと思ったら、すぐ言うこと」


「はい」


「それと……ちゃんと休むこと」


思わず笑ってしまった。


「それ、ブラックじゃない人の言い方ですね」


彼も、ほんの少しだけ笑った。


「じゃあ、よろしく」


「はい。よろしくお願いします」


そうして私は――

ギルドを辞めて、円頓寺ダンジョンで働くことになった。


危険はある。

でも、ここは“人として扱われる場所”だ。


それだけで、十分だった。




こうして私は、円頓寺ダンジョンの一員になった。


仕事は多岐にわたる。


・カフェの手伝い

・教会の子供たちの勉強を見る

・来訪者の対応

・簡単な書類整理


そして、たまに鑑定。


危険な前線には出ない。

それが約束だった。


何より驚いたのは――生活環境だった。


ダンジョン内には24時間稼働の大浴場があり、

魔力で自動洗浄されるため常に清潔。


疲れた体を湯に沈めると、芯から溶けていく。


「……天国かな」


食事もすごい。


ダンジョン産の野菜、肉、魚。

栄養管理は完璧で、味も文句なし。


「これ……普通に外で食べたら高級店ですよね?」


「うん」


と、雪さんがさらっと言う。


給料も、ちゃんと出る。

しかも、かなり良い。


(……私、今まで何してたんだろ)


夜、自分の部屋でベッドに沈みながら思う。


ここは、危険だ。

モンスターも、戦いも、確かにある。


でも――


「生きてる感じが、する」


誰かの役に立って、

ちゃんと必要とされて、

ちゃんと休める。


そんな場所。


私は、静かに天井を見上げた。


(……ここなら)


しばらくは、ここで働こう。


そう思った。


円頓寺ダンジョンは、

私にとって――


“逃げ場”じゃなく、

“居場所”になりつつあった。




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