47話 エーデルワイスとデート
ダンジョンブレイク――。
世間ではそう呼ばれているが、その実態は少し違う。
「ダンジョンからモンスターが溢れ出した事故」などではない。
本当の原因は――
ダンジョンマスター自身が、意図的にモンスターを外へ放っていることだ。
人を殺し、街を壊し、恐怖を撒き散らすことでポイントを稼ぐ。
そのやり方が広まり、歯止めが効かなくなっていた。
最近では、ダンジョンブレイクの発生件数は急増。
死傷者数は出生数を上回り、社会は明確に崩れ始めている。
昼間の商店街にモンスターが現れる。
通学路で子供が襲われる。
家に帰る途中で消息を絶つ人間も珍しくない。
もはや「安全な場所」など存在しない。
ギルドは必死だった。
冒険者の育成、装備の強化、戦術の共有。
だが、追いついていない。
そんな中、この地域に急速に名を上げているパーティがあるらしい。
――オリジンワン。
剣聖をリーダーに置きBランクながら、異常なほど安定した攻略速度。死者ゼロ、崩壊ゼロ。しかも討伐後の被害が極端に少ない。
「新人にしては異常」
「剣聖が強すぎる」
「チームワークがやべぇ」
そんな噛みつくような噂も、同時に広がっていた。
だが俺は、ニュースを眺めながら静かに思う。
(……頼むから、うちには来るな)
うちのダンジョンは、戦場じゃない。
守る場所で、居場所で、生活そのものだ。
ここを壊されるわけにはいかない。
オリジンワンの情報を集めるため、ギルドへ向かうことにした。
今後のことを考えれば、避けては通れない。
どんなメンバー構成で、どんな戦い方をしているのか。
それを知らずにいるのは、あまりにも危険だった。
前回は結衣を連れて行った。
あれは――必要だった。
彼女は冒険者として登録されているし、ギルドに顔を出すこと自体に違和感はない。
それに、あの時は彼女自身の経験にもなると思った。
だが、今回は違う。
今回は「情報収集」が目的だ。
余計な注目を集める必要はない。
だから、結衣は連れていかない。
代わりに選んだのは――エーデルワイスだった。
彼女は外見こそ目立つが、言動は落ち着いていて余計なことを言わない。
何より、戦闘能力も判断力も高く、いざという時の対応力がある。
そして何より、
“ダンジョンの関係者”であることを悟られにくい。
「……私で、よろしいのですか?」
エーデルワイスは少し首を傾げながら聞いてくる。
「ああ。隣を歩いても違和感がないしな」
「……それは、光栄と受け取ってよろしいのでしょうか?」
「そういうことにしておいてくれ」
ほんの少しだけ、彼女の口元が緩む。
「承知しました。では、護衛として同行いたします」
こうして俺たちは、ダンジョンを後にした。
目的地は――ギルド本部。いこう。
街に出てしばらく歩いた頃、ふと横を見ると、エーデルワイスが妙に静かだった。
普段の彼女は冷静で感情の起伏も少ないが、今はそれとは違う。
視線があちこちに泳ぎ、時折、ほんの僅かに目を見開いている。
「……どうした?」
声をかけると、少し間を置いて答えが返ってきた。
「この世界を、こうして歩くのは……初めてです」
そう言われて、はっとした。
考えてみれば当然だ。
彼女は火山ダンジョンの中で生まれ、そこだけを世界として存在していた。
外の街も、人の営みも、空の匂いも、すべて初めてなのだ。
「ずっと……火と岩と、熱の中にいました」
淡々とした口調だが、どこか不思議そうに空を見上げている。
「風が、冷たいですね」
「まあな。ここは火山じゃないから」
そう言うと、彼女は小さく頷いた。
歩いていると、屋台が並ぶ通りに出た。
甘い匂い、油の香り、人の笑い声。
その中のひとつ――
アイスクリームの屋台の前で、エーデルワイスがぴたりと足を止めた。
「……あれは?」
「アイスだな。冷たい菓子」
「……冷たい、菓子」
まるで未知の生物を見るような目だ。
店主がこちらに気づき、声をかけてくる。
「兄ちゃん、彼女さんにもどうだい?」
「いや、俺たちは――」
そう言いかけたが、横を見ると、エーデルワイスが珍しく戸惑った表情でこちらを見ていた。
「……食べて、みても?」
その言い方があまりに控えめで、断れるはずがなかった。
「……一つな」
銀貨を渡すと、店主は笑顔でカップを差し出す。
エーデルワイスはそれを両手で受け取り、しばらくじっと見つめてから、恐る恐る口に運んだ。
一瞬――固まる。
次の瞬間。
「……っ!」
小さく肩をすくめた。
「つ、冷たい……!」
そう言いながらも、目を見開いたまま動かない。
「……甘い。……これは……」
言葉を探すように、もう一口。
「……おいしい、です」
その声は、どこか柔らかかった。
普段の冷静な彼女からは想像もできないほど、素直な表情だった。
「こんなものが……外の世界には、あるのですね」
「まあ、他にもいろいろあるぞ」
そう言うと、彼女は小さく頷いた。
「……主が、外に出る理由が分かりました」
少しだけ、視線を落として続ける。
「ここは……退屈しません」
その言葉に、胸の奥が少し温かくなった。
火山の中で生きてきた彼女にとって、
この何気ない日常の風景が、新しい世界なのだ。
「また、連れてくるよ」
そう言うと、エーデルワイスは小さく微笑んだ。
「……はい」
その笑顔は、氷のように静かで、
けれど確かに、溶けはじめていた。
ギルドの建物が見えてきた、その瞬間だった。
――嫌な予感は、だいたい当たる。
「お、兄ちゃん。そっちの子、可愛いじゃん?」
背後から、やけに軽い声が飛んできた。
振り返ると、いかにも冒険者然とした男が三人。
装備はそこそこ整っているが、目つきが軽い。
酒場でよく見る、調子に乗ったタイプだ。
「ねぇねぇ、どこのパーティ? 一杯奢るからさぁ」
エーデルワイスが一歩、俺の後ろに下がる。
その瞬間、周囲の空気がわずかに冷えた。
――やばい。
俺は即座に間に入った。
「悪い、彼女は仲間だ」
「は? 仲間? こんな美人が?」
男の一人が笑いながら、さらに距離を詰める。
「ちょっと話すだけだって。減るもんじゃねーし」
その瞬間だった。
エーデルワイスの足元から、霜が音もなく広がり始めた。
カツン、と地面が凍る音。
「……っ」
俺は慌てて彼女の前に手を出した。
「待て、エーデルワイス! ダメだ!」
「……触れられるのは、好ましくありません」
冷たい声。
それだけで、空気が一段下がる。
男たちもようやく異変に気づいたらしい。
「お、おい……急に寒く――」
「これ以上近づいたら、凍結します」
氷の粒子が、彼女の足元で静かに舞っていた。
完全に“その気”だった。
「ちょ、ちょっと待て! 冗談だって!」
慌てて俺が間に割って入る。
「悪かった! こいつらも悪気はなかったんだ!」
エーデルワイスは俺を見下ろし、少しだけ考える素振りを見せた後――
「……主がそう言うなら」
ゆっくりと魔力を引っ込めた。
床の霜が溶け、空気が元に戻る。
男たちは青ざめた顔で後ずさった。
「な、なんだよあれ……」
「氷の魔法使いとか聞いてねぇぞ……」
「もう行くぞ!」
逃げるように立ち去っていく背中を見送りながら、俺は深く息を吐いた。
「……危なかったな」
「はい」
エーデルワイスは小さく頷く。
「ですが、あの程度で済んで良かったです。
本来なら、関節を凍結させて動けなくしていました」
「頼むからそれはやめてくれ」
苦笑すると、彼女はほんの少しだけ口元を緩めた。
「主が止めてくださったので」
その一言で、場の空気が和らぐ。
周囲の冒険者たちも、遠巻きにこちらを見ては、そっと距離を取っていた。
――どうやら、目立ってしまったらしい。
「……ギルド、行こう」
「はい」
こうして、少し騒がしい幕開けとなったが――
俺たちは何事もなかったように、ギルドの中へと足を踏み入れた。




