表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/69

47話 エーデルワイスとデート

ダンジョンブレイク――。


世間ではそう呼ばれているが、その実態は少し違う。

「ダンジョンからモンスターが溢れ出した事故」などではない。


本当の原因は――

ダンジョンマスター自身が、意図的にモンスターを外へ放っていることだ。


人を殺し、街を壊し、恐怖を撒き散らすことでポイントを稼ぐ。

そのやり方が広まり、歯止めが効かなくなっていた。


最近では、ダンジョンブレイクの発生件数は急増。

死傷者数は出生数を上回り、社会は明確に崩れ始めている。


昼間の商店街にモンスターが現れる。

通学路で子供が襲われる。

家に帰る途中で消息を絶つ人間も珍しくない。


もはや「安全な場所」など存在しない。


ギルドは必死だった。

冒険者の育成、装備の強化、戦術の共有。

だが、追いついていない。



そんな中、この地域に急速に名を上げているパーティがあるらしい。


――オリジンワン。



剣聖をリーダーに置きBランクながら、異常なほど安定した攻略速度。死者ゼロ、崩壊ゼロ。しかも討伐後の被害が極端に少ない。


「新人にしては異常」

「剣聖が強すぎる」

「チームワークがやべぇ」


そんな噛みつくような噂も、同時に広がっていた。


だが俺は、ニュースを眺めながら静かに思う。


(……頼むから、うちには来るな)


うちのダンジョンは、戦場じゃない。

守る場所で、居場所で、生活そのものだ。


ここを壊されるわけにはいかない。





オリジンワンの情報を集めるため、ギルドへ向かうことにした。


今後のことを考えれば、避けては通れない。

どんなメンバー構成で、どんな戦い方をしているのか。

それを知らずにいるのは、あまりにも危険だった。


前回は結衣を連れて行った。

あれは――必要だった。


彼女は冒険者として登録されているし、ギルドに顔を出すこと自体に違和感はない。

それに、あの時は彼女自身の経験にもなると思った。


だが、今回は違う。


今回は「情報収集」が目的だ。

余計な注目を集める必要はない。


だから、結衣は連れていかない。


代わりに選んだのは――エーデルワイスだった。


彼女は外見こそ目立つが、言動は落ち着いていて余計なことを言わない。

何より、戦闘能力も判断力も高く、いざという時の対応力がある。


そして何より、

“ダンジョンの関係者”であることを悟られにくい。


「……私で、よろしいのですか?」


エーデルワイスは少し首を傾げながら聞いてくる。


「ああ。隣を歩いても違和感がないしな」


「……それは、光栄と受け取ってよろしいのでしょうか?」


「そういうことにしておいてくれ」


ほんの少しだけ、彼女の口元が緩む。


「承知しました。では、護衛として同行いたします」


こうして俺たちは、ダンジョンを後にした。


目的地は――ギルド本部。いこう。




街に出てしばらく歩いた頃、ふと横を見ると、エーデルワイスが妙に静かだった。


普段の彼女は冷静で感情の起伏も少ないが、今はそれとは違う。

視線があちこちに泳ぎ、時折、ほんの僅かに目を見開いている。


「……どうした?」


声をかけると、少し間を置いて答えが返ってきた。


「この世界を、こうして歩くのは……初めてです」


そう言われて、はっとした。


考えてみれば当然だ。

彼女は火山ダンジョンの中で生まれ、そこだけを世界として存在していた。

外の街も、人の営みも、空の匂いも、すべて初めてなのだ。


「ずっと……火と岩と、熱の中にいました」


淡々とした口調だが、どこか不思議そうに空を見上げている。


「風が、冷たいですね」


「まあな。ここは火山じゃないから」


そう言うと、彼女は小さく頷いた。


歩いていると、屋台が並ぶ通りに出た。

甘い匂い、油の香り、人の笑い声。


その中のひとつ――

アイスクリームの屋台の前で、エーデルワイスがぴたりと足を止めた。


「……あれは?」


「アイスだな。冷たい菓子」


「……冷たい、菓子」


まるで未知の生物を見るような目だ。


店主がこちらに気づき、声をかけてくる。


「兄ちゃん、彼女さんにもどうだい?」


「いや、俺たちは――」


そう言いかけたが、横を見ると、エーデルワイスが珍しく戸惑った表情でこちらを見ていた。


「……食べて、みても?」


その言い方があまりに控えめで、断れるはずがなかった。


「……一つな」


銀貨を渡すと、店主は笑顔でカップを差し出す。


エーデルワイスはそれを両手で受け取り、しばらくじっと見つめてから、恐る恐る口に運んだ。


一瞬――固まる。


次の瞬間。


「……っ!」


小さく肩をすくめた。


「つ、冷たい……!」


そう言いながらも、目を見開いたまま動かない。


「……甘い。……これは……」


言葉を探すように、もう一口。


「……おいしい、です」


その声は、どこか柔らかかった。


普段の冷静な彼女からは想像もできないほど、素直な表情だった。


「こんなものが……外の世界には、あるのですね」


「まあ、他にもいろいろあるぞ」


そう言うと、彼女は小さく頷いた。


「……主が、外に出る理由が分かりました」


少しだけ、視線を落として続ける。


「ここは……退屈しません」


その言葉に、胸の奥が少し温かくなった。


火山の中で生きてきた彼女にとって、

この何気ない日常の風景が、新しい世界なのだ。


「また、連れてくるよ」


そう言うと、エーデルワイスは小さく微笑んだ。


「……はい」


その笑顔は、氷のように静かで、

けれど確かに、溶けはじめていた。



ギルドの建物が見えてきた、その瞬間だった。


――嫌な予感は、だいたい当たる。


「お、兄ちゃん。そっちの子、可愛いじゃん?」


背後から、やけに軽い声が飛んできた。


振り返ると、いかにも冒険者然とした男が三人。

装備はそこそこ整っているが、目つきが軽い。

酒場でよく見る、調子に乗ったタイプだ。


「ねぇねぇ、どこのパーティ? 一杯奢るからさぁ」


エーデルワイスが一歩、俺の後ろに下がる。

その瞬間、周囲の空気がわずかに冷えた。


――やばい。


俺は即座に間に入った。


「悪い、彼女は仲間だ」


「は? 仲間? こんな美人が?」


男の一人が笑いながら、さらに距離を詰める。


「ちょっと話すだけだって。減るもんじゃねーし」


その瞬間だった。


エーデルワイスの足元から、霜が音もなく広がり始めた。


カツン、と地面が凍る音。


「……っ」


俺は慌てて彼女の前に手を出した。


「待て、エーデルワイス! ダメだ!」


「……触れられるのは、好ましくありません」


冷たい声。

それだけで、空気が一段下がる。


男たちもようやく異変に気づいたらしい。


「お、おい……急に寒く――」


「これ以上近づいたら、凍結します」


氷の粒子が、彼女の足元で静かに舞っていた。


完全に“その気”だった。


「ちょ、ちょっと待て! 冗談だって!」


慌てて俺が間に割って入る。


「悪かった! こいつらも悪気はなかったんだ!」


エーデルワイスは俺を見下ろし、少しだけ考える素振りを見せた後――


「……主がそう言うなら」


ゆっくりと魔力を引っ込めた。


床の霜が溶け、空気が元に戻る。


男たちは青ざめた顔で後ずさった。


「な、なんだよあれ……」


「氷の魔法使いとか聞いてねぇぞ……」


「もう行くぞ!」


逃げるように立ち去っていく背中を見送りながら、俺は深く息を吐いた。


「……危なかったな」


「はい」


エーデルワイスは小さく頷く。


「ですが、あの程度で済んで良かったです。

本来なら、関節を凍結させて動けなくしていました」


「頼むからそれはやめてくれ」


苦笑すると、彼女はほんの少しだけ口元を緩めた。


「主が止めてくださったので」


その一言で、場の空気が和らぐ。


周囲の冒険者たちも、遠巻きにこちらを見ては、そっと距離を取っていた。


――どうやら、目立ってしまったらしい。


「……ギルド、行こう」


「はい」


こうして、少し騒がしい幕開けとなったが――

俺たちは何事もなかったように、ギルドの中へと足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ