46話 Sランクダンジョン
それからしばらくして、俺ははっきりと理解した。
――あのたぬき、とんでもなく有能だ。
最初は様子見のつもりで、自由にさせてみただけだった。
だが気がつけば、あちこちで「たぬき印」の仕事が増えていた。
木製のスプーン、フォーク、皿。
どれも手触りがよく、口当たりまで計算されている。
「……これ、量産できるのか?」
試しに聞くと、
「できるだなも! 素材があればいくらでもだなも!」
と、胸を張る。
しかも速い。
下手をすると、人間の職人が一日かかる作業を数十分で仕上げてしまう。
それだけじゃない。
家具の修繕、壊れた椅子の補強、扉の蝶番の調整。
気づけば、ダンジョン内のあちこちに“たぬき製”の仕事が増えていた。
子どもたちにも大人気だった。
「たぬきさーん! これ作ってー!」
「これ直してー!」
そう声をかけられるたび、たぬきは尻尾を振りながら走っていく。
「任せるだなもー!」
その姿に、自然と笑顔が生まれる。
争いのために存在していたダンジョンが、
今では“生活の場”として息づいている。
そんな光景を眺めながら、俺は少しだけ安堵していた。
――この場所は、もう戦うだけの場所じゃない。
そう思えた矢先だった。
頭の中に、柔らかな声が響く。
『主。少し、よろしいでしょうか』
アイリスの声だ。
続いて、もう一つ。
『……大門さん』
少し緊張を含んだ、彩乃の声。
「どうした?」
『カレンさんの容体についてです』
その言葉に、胸が強く脈打った。
『魔力の循環が安定してきました。
この調子なら……そろそろ、目を覚ます可能性があります』
一瞬、言葉が出なかった。
「……本当か?」
『はい。今は深い眠りですが、意識が浮上しかけています』
胸の奥に、温かいものが広がる。
長かった。
本当に、長かった。
「ありがとう……二人とも」
『まだ完全ではありません。ですが……』
『もう、希望はあります』
その言葉に、思わず拳を握りしめた。
「……よし」
静かに、でも確かに――
物語は次の段階へ進み始めていた。
目を覚ます、その時へ向かって。
そしてダンジョンの外の世界も大きく動こうとしていた。
ダンジョンの内側が少しずつ“生活”へと近づいていく一方で――
外の世界は、また別の速度で変わり始めていた。
世界各国のニュースは、連日ある話題で持ちきりだった。
――Sランク・ダンジョンの正式認定。
ギルド総本部が、ついに世界規模で危険度を整理し、
「人類が本気で警戒すべき存在」を公表したのだ。
その数、五つ。
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◆ アメリカ
《竜王の渓谷》
巨大な峡谷の奥底に巣食う、複数のドラゴン種が確認されている。
一匹一匹が都市一つを焼き尽くす火力を持ち、空の制圧権を完全に握っている。
すでに周辺都市は避難完了。
米軍ですら近づくことができず、「人類未踏の領域」とされていた。
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◆ 日本
《天空の城》
雲海の上に出現した浮遊型ダンジョン。
断続的に地上へ“神殿の欠片”を落とし、周囲の地形を書き換えている。
内部構造は未解明。
侵入者は“帰ってこない”という報告のみ。
「空に浮かぶ城」という幻想的な外見とは裏腹に、
最も謎が多く、危険視されている存在だった。
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◆ 中国
《死を惑わす神》
巨大な地下神殿型ダンジョン。
内部では精神汚染が発生し、侵入者は自我を失うという。
生還者の証言によれば、
“神を名乗る存在”が囁きかけてくるらしい。
精神干渉系ダンジョンの極致とされ、
対策が立てられず封鎖中。
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◆ オーストラリア
《世界樹》
大地を貫き、空へと伸びる巨大樹。
周囲数百キロが既に生態系ごと変化している。
自然と共生するモンスターが多数生息し、
破壊すれば生態系そのものが崩壊する可能性があるため、
攻略は“事実上不可能”とされている。
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◆ グリーンランド
《絶対零度の伊吹》
氷結した大地に現れた、完全凍結型ダンジョン。
内部温度は常時マイナス百度以下。
魔力さえ凍りつく環境で、探索者は数分と耐えられない。
近づくだけで生命活動が停止するため、
世界でもっとも危険なダンジョンと呼ばれている。
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これら五つが、現在判明している“Sランクダンジョン”。
そして――
その発表の最後に、ギルド総本部はこう付け加えた。
「なお、未発見・未分類のダンジョンが複数存在する可能性が高い」
「特に、日本国内において、異常な魔力反応が観測されている」
そのニュースを、俺は静かに見つめていた。
――日本。
画面に映る日本地図には赤く光る場所が複数あり、その一点。
「……まさか、な」
だが、胸の奥がざわつく。
この世界は、もう後戻りできないところまで来ている。
そしてきっと――
俺のダンジョンも、いずれその“表”に引きずり出される。
静かだった日常は、終わりを告げようとしていた。




