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45話 寂れた洋館


――結衣が、剣を振るっている。


汗をかきながら、何度も、何度も。

足は震え、息は荒い。それでも、決して剣を置かない。


その姿を少し離れた場所から見ていると、不思議と胸の奥が熱くなった。


(……頑張ってるな)


誰かに言われたからじゃない。

逃げたくないから。

守りたいものがあるから。


その気持ちが、痛いほど伝わってくる。


「……よし」


俺も気持ちを切り替えた。


今は、守るために動く時だ。


―――


ダンジョン中枢へ戻り、アイリスとエーデルワイスを呼び出す。


ほどなくして、二人が揃った。


「お呼びでしょうか、主」


背筋を伸ばすアイリス。


一方でエーデルワイスは、静かに氷のような視線を向けてくる。


「近辺のダンジョンについて確認したい」


俺は地図を広げた。


「確か、この辺りに――

深淵の森と、寂れた洋館がある」


二人は同時に視線を落とす。


「攻められる前に、こちらから動きたい。

被害は最小限に抑えたい」


そう告げると、アイリスが少し考え込み、すぐに口を開いた。


「……寂れた洋館を推奨します」


エーデルワイスも小さく頷く。


「同意します。あちらは構造が単純。

魔力反応も弱く、強力な個体は確認されていません」


「深淵の森は?」


「広すぎます。

探索に時間がかかり、予測不能な要素が多い」


「それに……」


エーデルワイスが言葉を継ぐ。


「寂れた洋館は、魔力の流れが不安定です。

ボスは力を蓄えきれず、逃走傾向が強い」


「つまり――」


「戦えば、勝てます」


その言葉に、少しだけ緊張が解けた。


「財宝の反応もあります」


アイリスが続ける。


「規模は小さいですが、質は悪くありません」


なるほど。

リスクが低く、リターンが見込める。


「よし……決まりだな」


俺は地図を閉じた。


「次の目標は、寂れた洋館」


ふたりを見渡し、静かに言う。


「無理はしない。

被害を出さず、確実に潰す」


「了解しました」


「お任せください」


二人の声が重なる。


その瞬間、遠くで風が鳴った。


まるで、次の戦いを告げる合図のように。


――静かな夜の底で、

新たな戦が、ゆっくりと動き出していた。





寂れた洋館ダンジョン視点





――オイラは、妖怪たぬきだなも。


名前?

そんなもん、特にないだなも。

みんなからは「たぬきのダンジョンマスター」とか、適当に呼ばれてるだなも。


ここはオイラのダンジョン。

“寂れた洋館”って呼ばれてるけど、もともとはオイラが趣味で作った場所だなも。


古い柱、軋む床、ちょっと不気味な廊下。

でも全部、オイラの手作りだなも。


「この椅子はなぁ、百年前の職人風にしてだな……」

「この剣は重心がなぁ……」


なんて言いながら、コツコツ作るのが楽しくて仕方なかっただなも。


ダンジョンマスターなんて、本当はやりたくなかっただなも。


でも、世界があんなふうになってから、冒険者がわらわら来るようになって――

壊す、奪う、荒らす。


仕方ないから、ゴーストを呼んで追い払ってただけだなも。


「うわぁ〜こわい〜」って逃げてくれれば、それで良かっただなも。


それなのに――


「……円頓寺ダンジョン?」


オイラは、メニュー画面を見て固まっただなも。


見覚えのある名前。

いや、正確には“噂”だなも。


・ゴブリンの巣を潰した

・火山ダンジョンとやり合った

・訳のわからん強さの配下が山ほどいる


そんな話ばっかりだなも。


「む、無理だなも……」


画面に表示された“宣戦布告”の文字を見た瞬間、膝が笑っただなも。


しかも場所を見ると――

この前、火山ダンジョンと戦ってたところの近くだなも。


「やばいだなも……完全に戦争帰りだなも……」


オイラは、そっと頭を抱えた。


勝てるわけないだなも。


オイラのゴーストなんて、びっくりさせるのが仕事だなも。

戦闘用じゃないだなも。


宝物はあるけど、命までは賭けたくないだなも。


「……そうだ」


オイラは、ピンときた。


「降参、するだなも」


メニューを開いて、震える手で選択する。


【降伏申請】


【領地譲渡】


【戦闘回避】


ぽち。


「……これでいいだなも」


だって、オイラは戦いたくないだけだなも。

宝物と、作ったものさえ守れれば、それでいいだなも。


「お願いだなも……取らないでほしいだなも……」


そう呟きながら、洋館の奥にある宝物庫をぎゅっと抱きしめた。


外では、きっと強そうな人たちが近づいている。


でも――

戦わずに済むなら、それが一番だなも。


「オイラは……職人だなも……」


静かな洋館に、たぬきの小さな声だけが響いていた。





寂れた洋館ダンジョンに宣戦布告を送ってから、ほんの数分。


――いや、正確には数十秒だった。


ダンジョンメニューが、淡く光る。


【寂れた洋館ダンジョン:降伏を確認】

【戦闘行為なし】

【報酬:ダンジョンポイント 300,000 獲得】

【支配権移譲:完了】


「……え?」


思わず声が漏れた。


画面を二度見する。

戦闘ログは存在せず、被害報告もゼロ。

あるのは、あまりにも素直な“降参”の文字だけ。


「……拍子抜け、だな」


だが次の瞬間、追加ログが表示される。


【新規配下:タヌキ(ダンジョンマスター)】


「……は?」


思わず固まった直後、目の前の空間が歪んだ。


ぽふっ、と音を立てて、小さな影が床に現れる。


茶色い毛並み。

丸い腹。

頭に葉っぱを一枚乗せた、どう見ても――


「た、たぬき……?」


「ご、ごめんなさいだなもー!!」


突然、その小さな体が床に伏せられた。


「命だけは! 宝物だけは取らないでほしいだなも!!

オイラ、戦うの苦手だし、怖いのイヤだし、血も見たくないだなもー!」


必死に頭を下げる姿に、怒りよりも困惑が勝った。


「……落ち着け。別に殺すつもりはない」


そう言うと、たぬきは恐る恐る顔を上げる。


「……ほんとだなも?」


「本当だ」


それを聞いた途端、たぬきはその場にへたり込んだ。


「はぁ〜……よかっただなも……」


よほど緊張していたのか、耳までしおれている。


「で、君が……このダンジョンのマスター?」


「そうだなも。オイラ、物作るのが好きで……

気づいたらダンジョンになってただなも」


聞けば、武器や家具、骨董品、からくり細工まで、なんでも作れるらしい。


戦うためじゃなく、“作るため”のダンジョン。


なるほど、争いに向いてないわけだ。


「冒険者が来たらどうしてた?」


「怖いからゴースト出して追い払ってたなも……

それでもしつこいのが来るから……」


しょんぼりと尻尾を垂らす。


「……わかった」


俺は一つ、決断した。


「お前のダンジョン、うちで引き取る」


「え?」


「戦う必要はない。

その代わり、得意な“作る”ことをやってくれ」


たぬきの目が、ぱちくりと開く。


「……いいのだなも?」


「その代わり、危ないことは俺が全部引き受ける」


少し考えたあと、たぬきは勢いよく頭を下げた。


「よ、よろしくお願いしますだなも!」


その瞬間、ダンジョンメニューが更新された。


【地下1階:墓地エリアに『寂れた洋館区画』を追加】

【クラフト系補助ダンジョンとして統合完了】


「よし」


俺は息を吐いた。


これで、戦うだけのダンジョンじゃなくなる。

作る者がいて、守る者がいて、暮らす場所になる。


「歓迎するよ、たぬき」


「がんばるだなも!」


こうして――

寂れた洋館は、争いの場ではなく、

“ものづくりの工房”として生まれ変わった。


そして俺のダンジョンは、また一つ、強くなった。



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たぬ○ちみたいなのがいるんだなも!
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