表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/69

32話 平凡な日常



――影が動いた、その瞬間。


空気が、張りつめる。


シャドウウルフが低く唸り、地を踏み鳴らしたその直後だった。


「……あ?」


パラサイトの男の一人が、間の抜けた声を上げる。


次の瞬間、闇が爆ぜた。


地面から伸びた影が、まるで生き物のようにうねり、男の足首を絡め取る。


「うわっ!? なんだこれ!」


引き倒され、地面に叩きつけられる。


「ちょ、待――」


言葉の途中で、別の影が顔面を打ち据えた。


「ぐっ……!」


そのまま沈黙。


「ちょっとさぁ」


軽い声が、上から降ってくる。


「まとめて来るなら、もうちょい気合い入れてほしいんだけど?」


屋根の縁に立つマリーが、あくび混じりに弓を構えていた。


「数だけ多くてもさ〜、質が追いついてないと意味ないんだって」


彼女が指を弾くように弓を引く。


次の瞬間――


矢が放たれた。


音もなく、正確に。


「ぎゃっ!」


「うわっ、脚が……!」


足を撃ち抜かれた男が崩れ落ちる。

致命傷ではない。だが、確実に動けなくなる一撃。


「逃げんなってば」


マリーは楽しそうに言う。


「まだ終わってないでしょ?」


影が蠢き、シャドウウルフが跳ぶ。


一人、また一人と倒れていく。


抵抗らしい抵抗は、ほとんどなかった。


「くそ……っ、なんだよこいつら……!」


最後まで立っていた男が、震えた声で叫ぶ。


「お、お前ら……何者だよ……!」


マリーは肩をすくめる。


「んー?正義の味方とか?あは」


そう言って、俺の方を見る。


「ね、主」


俺は一歩前に出た。


「お前たち、勘違いしてる」


男たちが息を呑む。


「ここは“狩り場”じゃない。

そして俺たちは、獲物じゃない」



逃げ場を失った男たちは、言葉を失った。


マリーが肩をすくめて笑う。


「はいはい、じゃあ片付けよっか」


その瞬間、影が動いた。


シャドウウルフが低く唸り、包囲が完成する。


逃げ道はない。


――こうして。


“パラサイト”という名の闇は、

誰にも知られることなく、静かに消えた。


死体は、シャドウウルフの影に包ませて地下へと運ばせた。

音もなく、痕跡も残さず――まるで最初からそこに在ったかのように。


地下の墓地エリア。

そこは、すでに“終わった者たち”を静かに受け入れる場所になっている。


「……せっかくだ。無駄にはしない」


言葉に出すと、どこか乾いた響きがあった。


彼らが生前どんな人間だったかは、もう関係ない。

ここでは役割がすべてだ。


スケルトンたちが静かに並び、

新たに運ばれた“素材”を受け取る。


やがて、またこのダンジョンを守る力になるだろう。


それが、ここでの循環だ。


――生きる者と、死した者。

その境界は、思っているほど遠くない。


「……ふぅ」


ひと息つくと、どっと疲労が押し寄せてきた。


精神的なものが大きい。

戦いそのものより、人の悪意に触れる方が、よほど消耗する。


「今日はもう、帰ろう……」


そう呟いて、踵を返す。


ダンジョンの奥――

あの静かな場所へ。


誰かを守るための場所。

誰かが眠り、誰かが笑い、誰かが生きている場所。


「……帰るか」


シャドウウルフが、静かに頷くように影を揺らした。


長い一日が、ようやく終わる。


ダンジョンに戻った俺たちは、まず雪の顔を見て――そして、何も言わないと決めた。


あの出来事を、彼女に背負わせる必要はない。

少なくとも、今はまだ。


「……雪には内緒だな」


俺がそう言うと、マリーは肩をすくめて頷いた。


「だね。あの人、優しすぎるもん。

知ったら絶対、無理してでも何かしようとするし」


結衣も小さくうなずく。


「お姉ちゃん、心配しすぎちゃうから……」


それでいい。

守ると決めたなら、守る側が汚れればいい。


ダンジョンの奥へと戻ると、星ヶ丘カフェの灯りが温かく揺れていた。

木の香りと、焼き立ての匂いが混じる、あの落ち着く空間。


「おかえりなさい」


雪が微笑みながら迎えてくれる。


「ちょうど夜食ができたところなんです」


テーブルの上には、温かいスープと焼きたてのパン。

それに、少しだけ甘いデザート。


いつもと変わらない。

何もなかったかのような、穏やかな時間。


椅子に腰を下ろすと、張り詰めていたものがふっと抜けていく。


「……うまい」


思わずそう言うと、雪は嬉しそうに微笑んだ。


「よかったです」


マリーは椅子にどかっと座り、伸びをする。


「あー、今日は疲れた〜。

でも、こういうのあると生き返るよね」


結衣も隣で頷きながら、スープを飲んでいる。


その光景を見て、胸の奥が少しだけ温かくなった。


――今日も、守れた。


それだけで、十分だ。


世界はまだ不穏で、危険も多い。

それでも、この場所には確かな日常がある。


「……悪くないな」


そう呟きながら、湯気の立つカップを手に取る。


星ヶ丘カフェの夜は、静かに更けていった。


そしてまた、明日が来る。


守るべき日常が、そこにある限り。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ