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31話 闇ギルド パラサイト


地下の墓地を巡回していた時、俺は思わず足を止めた。


――増えている。


石畳の上、規則正しく並ぶ影が三つ。


そこに立っていたのは、かつて冒険者として俺たちの前に現れた者たちだった。


「……やっぱり、そうなるか」


彼らは生前の装備をそのまま身に着け、骨の身体となって静かに佇んでいる。


スケルトンファイター。

スケルトンタンク。

スケルトンアサシン。


いずれもEランク。

だが、武装と動きには無駄がなく、戦闘経験がそのまま残っているのが分かる。


「……悪くない」


むしろ、想像以上だ。


俺が近づくと、三体は一斉に膝をついた。


命令を待つ姿勢。


「お前たちは、この墓地の守りを任せる」


そう告げると、無言で頷く。


「ここは大事な場所だ。

死者の眠る場所であり、ダンジョンの根幹でもある」


骨の兵士たちは、まるで誓いを立てるかのように武器を地面に突き立てた。


「頼んだぞ」


――戦力が、また一つ増えた。



その後、俺は久しぶりにダンジョンの外へ出た。


外の空気は、やはり少し違う。

魔力が薄く、どこか落ち着かない。


親には「一人暮らしを始めた」と話してある。

定時制高校の授業も、ダンジョンからオンラインで受講できているため、特に問題はない。


今日は結衣と一緒だ。


「久しぶりの外だね」


そう言いながら、彼女は少しだけ緊張した表情を浮かべていた。


「無理しなくていい。買い物だけだ」


街は、以前とは明らかに違っていた。


防具屋や魔導具店、ポーション専門店。

ダンジョン関連の店が増え、人の流れも変わっている。


掲示板には、討伐依頼やダンジョン情報が並んでいた。


「へぇ……こんなのあるんだ」


結衣が足を止め、貼り紙を読む。


そこには、周辺ダンジョンの情報が簡単にまとめられていた。


――深淵の森【Dランク】

魔力濃度が高く、視界不良。植物系モンスター多数。


――寂れた洋館【Eランク】

内部構造が不安定。ゴースト系が多いとの噂。


――熱々の火山【Cランク】

高温地帯。炎属性モンスター出現。装備必須。


「……結構あるな」


「うん。でも、うちのダンジョンより危なそうなのもあるね」


結衣は少しだけ、誇らしげに言った。


確かにそうだ。


俺たちのダンジョンは、まだ“表”には出ていない。

だが、それは同時に――


「狙われてないだけ、ってことでもある」


油断はできない。


この世界は、もう完全に変わってしまった。


強い者が生き残り、弱い者は飲み込まれる。


だからこそ。


「……もっと、強くしないとな」


誰にも奪われない場所にするために。


そう思いながら、俺は空を見上げた。




――その時は、まだ気づいていなかった。


背後に、視線があることに。


街の喧騒に紛れ、雑踏の中に溶け込む“何か”が、一定の距離を保ちながらこちらを追ってきていることに。


結衣と並んで歩きながら、俺は周囲を観察していたつもりだった。

人の流れ、店の並び、魔力の揺らぎ――どれも異常はない。


だが、それが逆に異常だった。


人混みの中に、妙な“空白”がある。

誰も気づかず、誰も意識しない。

なのに、確かにそこに“存在”している何か。


(……気のせい、か?)


そう思った瞬間、視界の端で、わずかに揺れた影があった。


振り返ろうとした、その時。


「大門くん、これどう思う?」


結衣が、服を手に取りながら振り向いた。


「ん? ああ……」


視線を戻した一瞬の隙に、気配は消えていた。


気のせい、か。


そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥に嫌な感覚が残る。


――見られている。


確信に近い違和感。


それでも、その正体は掴めなかった。


買い物を終え、街を後にする頃には、空は夕暮れに染まり始めていた。


「今日は楽しかったね」


結衣はそう言って微笑んだ。


「ああ、そうだな」


だが、俺の意識は別の場所にあった。


背中が、妙に重い。


誰かが――

いや、“何か”が、俺たちの行動を観察している。


それは敵意とも、好奇心ともつかない、曖昧な視線。


街の雑踏に溶け込み、決して姿を見せない影。




――視線の正体に気づいたのは、路地を一本抜けた瞬間だった。


背中にまとわりつく、粘ついた気配。

人混みに紛れているはずなのに、明らかに“こちら”を追っている何か。


俺は足を止め、無意識に結衣を背中にかばう。


「……そこまでだ」


空気が、ぴたりと張りつめた。


一拍遅れて、拍手が響く。


「いやー、気づくの早いねぇ」


路地の影から、一人の男が姿を現した。

だらしなく羽織ったジャケット、下卑た笑み、濁った視線。


「誰だ」


俺が低く問うと、男は肩をすくめる。


「名乗るほどでもないけどさ。

俺ら、“パラサイト”ってとこのモンだよ」


その名を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走る。


――闇ギルド・パラサイト。

違法薬物、密売、誘拐、人体実験。

表に出ない“汚れ仕事”を請け負う連中。


「……目的はなんだ」


男はニヤリと口角を上げ、視線を俺の後ろへ向けた。


「決まってんじゃん」


その視線の先――結衣。


「そっちの子だよ」


結衣の肩が、びくりと跳ねた。


「……え?」


「雪の妹だろ?

あの女、ちょっと有名でさ」


男は、愉しそうに言葉を転がす。


「“いい素材”だってな」


俺の胸の奥が、嫌な音を立てて軋む。


「……お前が」


「そ。ついでに言うとさ――」


男は懐から、小さな布袋を取り出した。


中から覗くのは、鈍く赤黒い果実。


「これ、グレムリンゴ」


結衣の顔から血の気が引く。


「……それ……」


「もう使ったよ。

あの女に、少しずつな」


空気が凍りついた。


「意識が鈍って、抵抗できなくなる」


男は肩をすくめる。


「逃げられないようにするための“仕込み”ってやつ」


結衣が震えながら叫ぶ。


「……そんな……!」


「安心しな。お前とお姉ちゃんも一緒にしてやるから」


男は笑う。


「でもよー、病室にいるはずのお姉ちゃんがいなくてよーどこいったか妹のお前なら知ってるよな?言えよ」


その瞬間――


「ふざけるな!!」


結衣が一歩踏み出した。


「お姉ちゃんを……これ以上……!」


その怒声に、男は一瞬だけ顔を歪める。


「おっと、怖。

でもさぁ――」


彼が指を鳴らした。


「ここ、二人きりだと思ってた?」


――ぞわり。


背後、屋根の上、路地の奥。

次々と人影が浮かび上がる。


五人、六人……七人。


「多勢に無勢、ってやつだな」


男は愉快そうに笑う。


「抵抗しても無駄だぜ?」


――だが。


空気が、沈んだ。


「……なに?」


男の背後、地面の影が歪む。


闇が、立ち上がった。


赤い双眸が、闇の中で光る。


「……シャドウ、ウルフ……?」



「悪いな。

尾けられてるの、最初から気づいてた」


男たちの顔色が変わる。


次の瞬間――


「おっまたせ〜」


軽い声と共に、屋根の上から影が舞い降りた。


月明かりの下、金髪褐色のダークエルフ。


弓を肩に担ぎ、にやりと笑う。


「いや〜、一般人相手に悪さするとか、マジでセンスないわ〜」


マリーが肩をすくめる。


「ねぇ、あんたたち。

その程度で人さらいとか、ちょっと自信過剰すぎじゃない?」


空気が、一変した。


影が蠢き、逃げ道は塞がれる。


男たちの顔から、完全に余裕が消えた。


「……ち、違う、話せば――」


「話はあとだ」


俺は一歩、前に出る。


「お前らは、俺の“守るもの”に手を出した」


その声は、静かだった。


だが――


確実に、怒りを孕んでいた。


「それだけで、十分だ」


影が、動く。


そして――

“パラサイト”という名は、

この街の闇から、静かに消えていくことになる。


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