31話 闇ギルド パラサイト
地下の墓地を巡回していた時、俺は思わず足を止めた。
――増えている。
石畳の上、規則正しく並ぶ影が三つ。
そこに立っていたのは、かつて冒険者として俺たちの前に現れた者たちだった。
「……やっぱり、そうなるか」
彼らは生前の装備をそのまま身に着け、骨の身体となって静かに佇んでいる。
スケルトンファイター。
スケルトンタンク。
スケルトンアサシン。
いずれもEランク。
だが、武装と動きには無駄がなく、戦闘経験がそのまま残っているのが分かる。
「……悪くない」
むしろ、想像以上だ。
俺が近づくと、三体は一斉に膝をついた。
命令を待つ姿勢。
「お前たちは、この墓地の守りを任せる」
そう告げると、無言で頷く。
「ここは大事な場所だ。
死者の眠る場所であり、ダンジョンの根幹でもある」
骨の兵士たちは、まるで誓いを立てるかのように武器を地面に突き立てた。
「頼んだぞ」
――戦力が、また一つ増えた。
◇
その後、俺は久しぶりにダンジョンの外へ出た。
外の空気は、やはり少し違う。
魔力が薄く、どこか落ち着かない。
親には「一人暮らしを始めた」と話してある。
定時制高校の授業も、ダンジョンからオンラインで受講できているため、特に問題はない。
今日は結衣と一緒だ。
「久しぶりの外だね」
そう言いながら、彼女は少しだけ緊張した表情を浮かべていた。
「無理しなくていい。買い物だけだ」
街は、以前とは明らかに違っていた。
防具屋や魔導具店、ポーション専門店。
ダンジョン関連の店が増え、人の流れも変わっている。
掲示板には、討伐依頼やダンジョン情報が並んでいた。
「へぇ……こんなのあるんだ」
結衣が足を止め、貼り紙を読む。
そこには、周辺ダンジョンの情報が簡単にまとめられていた。
――深淵の森【Dランク】
魔力濃度が高く、視界不良。植物系モンスター多数。
――寂れた洋館【Eランク】
内部構造が不安定。ゴースト系が多いとの噂。
――熱々の火山【Cランク】
高温地帯。炎属性モンスター出現。装備必須。
「……結構あるな」
「うん。でも、うちのダンジョンより危なそうなのもあるね」
結衣は少しだけ、誇らしげに言った。
確かにそうだ。
俺たちのダンジョンは、まだ“表”には出ていない。
だが、それは同時に――
「狙われてないだけ、ってことでもある」
油断はできない。
この世界は、もう完全に変わってしまった。
強い者が生き残り、弱い者は飲み込まれる。
だからこそ。
「……もっと、強くしないとな」
誰にも奪われない場所にするために。
そう思いながら、俺は空を見上げた。
――その時は、まだ気づいていなかった。
背後に、視線があることに。
街の喧騒に紛れ、雑踏の中に溶け込む“何か”が、一定の距離を保ちながらこちらを追ってきていることに。
結衣と並んで歩きながら、俺は周囲を観察していたつもりだった。
人の流れ、店の並び、魔力の揺らぎ――どれも異常はない。
だが、それが逆に異常だった。
人混みの中に、妙な“空白”がある。
誰も気づかず、誰も意識しない。
なのに、確かにそこに“存在”している何か。
(……気のせい、か?)
そう思った瞬間、視界の端で、わずかに揺れた影があった。
振り返ろうとした、その時。
「大門くん、これどう思う?」
結衣が、服を手に取りながら振り向いた。
「ん? ああ……」
視線を戻した一瞬の隙に、気配は消えていた。
気のせい、か。
そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥に嫌な感覚が残る。
――見られている。
確信に近い違和感。
それでも、その正体は掴めなかった。
買い物を終え、街を後にする頃には、空は夕暮れに染まり始めていた。
「今日は楽しかったね」
結衣はそう言って微笑んだ。
「ああ、そうだな」
だが、俺の意識は別の場所にあった。
背中が、妙に重い。
誰かが――
いや、“何か”が、俺たちの行動を観察している。
それは敵意とも、好奇心ともつかない、曖昧な視線。
街の雑踏に溶け込み、決して姿を見せない影。
――視線の正体に気づいたのは、路地を一本抜けた瞬間だった。
背中にまとわりつく、粘ついた気配。
人混みに紛れているはずなのに、明らかに“こちら”を追っている何か。
俺は足を止め、無意識に結衣を背中にかばう。
「……そこまでだ」
空気が、ぴたりと張りつめた。
一拍遅れて、拍手が響く。
「いやー、気づくの早いねぇ」
路地の影から、一人の男が姿を現した。
だらしなく羽織ったジャケット、下卑た笑み、濁った視線。
「誰だ」
俺が低く問うと、男は肩をすくめる。
「名乗るほどでもないけどさ。
俺ら、“パラサイト”ってとこのモンだよ」
その名を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走る。
――闇ギルド・パラサイト。
違法薬物、密売、誘拐、人体実験。
表に出ない“汚れ仕事”を請け負う連中。
「……目的はなんだ」
男はニヤリと口角を上げ、視線を俺の後ろへ向けた。
「決まってんじゃん」
その視線の先――結衣。
「そっちの子だよ」
結衣の肩が、びくりと跳ねた。
「……え?」
「雪の妹だろ?
あの女、ちょっと有名でさ」
男は、愉しそうに言葉を転がす。
「“いい素材”だってな」
俺の胸の奥が、嫌な音を立てて軋む。
「……お前が」
「そ。ついでに言うとさ――」
男は懐から、小さな布袋を取り出した。
中から覗くのは、鈍く赤黒い果実。
「これ、グレムリンゴ」
結衣の顔から血の気が引く。
「……それ……」
「もう使ったよ。
あの女に、少しずつな」
空気が凍りついた。
「意識が鈍って、抵抗できなくなる」
男は肩をすくめる。
「逃げられないようにするための“仕込み”ってやつ」
結衣が震えながら叫ぶ。
「……そんな……!」
「安心しな。お前とお姉ちゃんも一緒にしてやるから」
男は笑う。
「でもよー、病室にいるはずのお姉ちゃんがいなくてよーどこいったか妹のお前なら知ってるよな?言えよ」
その瞬間――
「ふざけるな!!」
結衣が一歩踏み出した。
「お姉ちゃんを……これ以上……!」
その怒声に、男は一瞬だけ顔を歪める。
「おっと、怖。
でもさぁ――」
彼が指を鳴らした。
「ここ、二人きりだと思ってた?」
――ぞわり。
背後、屋根の上、路地の奥。
次々と人影が浮かび上がる。
五人、六人……七人。
「多勢に無勢、ってやつだな」
男は愉快そうに笑う。
「抵抗しても無駄だぜ?」
――だが。
空気が、沈んだ。
「……なに?」
男の背後、地面の影が歪む。
闇が、立ち上がった。
赤い双眸が、闇の中で光る。
「……シャドウ、ウルフ……?」
「悪いな。
尾けられてるの、最初から気づいてた」
男たちの顔色が変わる。
次の瞬間――
「おっまたせ〜」
軽い声と共に、屋根の上から影が舞い降りた。
月明かりの下、金髪褐色のダークエルフ。
弓を肩に担ぎ、にやりと笑う。
「いや〜、一般人相手に悪さするとか、マジでセンスないわ〜」
マリーが肩をすくめる。
「ねぇ、あんたたち。
その程度で人さらいとか、ちょっと自信過剰すぎじゃない?」
空気が、一変した。
影が蠢き、逃げ道は塞がれる。
男たちの顔から、完全に余裕が消えた。
「……ち、違う、話せば――」
「話はあとだ」
俺は一歩、前に出る。
「お前らは、俺の“守るもの”に手を出した」
その声は、静かだった。
だが――
確実に、怒りを孕んでいた。
「それだけで、十分だ」
影が、動く。
そして――
“パラサイト”という名は、
この街の闇から、静かに消えていくことになる。




