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28話目 シスター 東別院 彩乃

「……制圧、完了したよー」


少し気の抜けた、それでいて芯のある声が頭の中に響いた。


「ま、正直ちょっとバタついたけどさ。

でも被害はほぼナシ。敵は無力化、んで一人だけ生きてる感じ」


どこか軽いが、報告内容は正確だった。


「了解。全員、よくやった」


そう返すと、マリーは軽く笑う。


「いやいや、あーしより主の指示が良かったって。

マジで助かったし」


正直なところ、全員を無傷で捕らえるのは無理だと分かっていた。

それでも、できる限り殺さずに済ませたいとは思っていた。


――結果として、犠牲は最小限だった。


視界に浮かぶモニターには、拘束された冒険者の一人が映っている。

木の根に支えられるように固定され、意識はあるが動けない。


「……あー、あの子ね」


マリーの声が少しだけ落ち着く。


「回復役っぽかったからさ。

ちょっと手加減しといた」


「命に別状は?」


『んー、大丈夫。意識もハッキリしてるし。

今はビビって動けない感じ』


「そうか」


それで十分だった。


「他は?」


『……正直、無理だった。

向こうもガチで来てたしさ』


一瞬、沈黙が落ちる。


「……そっか」


胸の奥がわずかに軋んだが、表情には出さなかった。


「遺体は地下1階へ。

静かに運んでくれ」


『了解〜。

あ、ちゃんと丁寧にやるから安心して』


軽い口調だが、そこに嘘はない。


通信が切れる。


しばらく、俺は何も言わずに立っていた。


以前なら、迷っていたかもしれない。

でも今は――


「……もう、戻れないな」


呟いても、心は揺れなかった。


このダンジョンと、ここにいる仲間たちを守るためなら、

世界を敵に回すことすら、選べる。


そう、はっきりと理解していた。


その時、別のモニターが切り替わる。


担架代わりの蔓に乗せられ、少女が運ばれてくる。


「……あの子?」


『うん。捕まえた子。

めっちゃ怯えてるけど、生きてる』


「……医療区画へ。拘束は解いていい。

ただし、監視はつけろ」


『りょーかい。

あーしも様子見とくわ』


画面が暗転する。


静けさの中で、俺は小さく息を吐いた。





――医療区画へ向かう足取りは、自然と重くなっていた。


ダンジョンの奥に作られたこの場所は、他の区画とは空気が違う。

戦いや管理のための場所ではなく、命を繋ぐための場所。

白く整えられた壁、薬草の匂い、静かに脈打つ魔力の流れ。


カレンも、この奥で眠っている。


彼女の存在があるからこそ、俺はここを作った。

そして今――また一人、守るべき命がここにある。


扉を開けると、静かな空気の中に、わずかな緊張が漂っていた。


ベッドの脇、蔦で簡易的に拘束された少女が座っている。

服は汚れ、肩は小さく震えているが、目だけは必死に前を見ていた。


……あの時、森で見た“敵”の姿は、そこにはなかった。


「……来た、んですね」


かすれた声。

恐怖を押し殺そうとするような、必死な声だった。


俺はゆっくりと歩み寄り、彼女の前で膝をつく。


「……殺しはしない」


その言葉に、彼女の瞳がわずかに揺れる。


「……私は……」


声が震え、言葉が続かない。


「私は……まだ、死ぬわけにはいかないんです……」


ぽつりと、零れた言葉。


「子どもたちが……待ってるんです……」


その瞬間、胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。


「……話してくれ」


そう言うと、彼女は俯き、少しずつ語り始めた。


彼女は、孤児院で働くシスターだった。

保育士として、子どもたちの世話をし、読み書きを教え、食事を作り、笑顔を守る日々。


だが、ダンジョンが現れてから、すべてが変わった。


街は混乱し、支援は途絶え、物価は高騰。

孤児院は襲撃を受け、建物は半壊。

それでも、子どもたちは生きている。


「……あの子たち……まだ、小さいんです……」


声が震え、涙が床に落ちる。


「食べるものも……薬も……足りなくて……」


それでも彼女は逃げなかった。


冒険者になれば金になると聞き、命の危険を承知で剣を取った。


「……怖かったです……でも……」


ぎゅっと手を握りしめる。


「……私がいなくなったら、あの子たちは……」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。


――ああ、そうか。


俺たちは、同じだ。


守りたいものがあるから、危険な場所に立っている。


俺は静かに息を吸い、吐いた。


「……外には、もう戻せない」


彼女の肩がびくりと跳ねる。


「このダンジョンの存在を知った以上、自由にはできない」


一瞬、絶望の色が彼女の顔を覆った。


だが――


「だが、殺すつもりもない」


顔を上げた彼女と、目が合う。


「ここで、生きてほしい」


彼女は言葉を失った。


「……生きる……?」


「ここには、守る力がある。

食料も、医療も、仲間もいる」


ゆっくりと言葉を選ぶ。


「君の力も、必要だ。

祈りも、癒しも、子どもたちを守る心も」


彼女の瞳が、揺れた。


「……孤児院は……?」


「ここに作る」


はっきりと言った。


「このダンジョンの中に。

誰にも奪われない場所を」


沈黙が落ちる。


そして――


彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「……そんな……そんなこと……」


声が震え、言葉にならない。


「……ありがとうございます……」


両手で顔を覆い、嗚咽を堪える。


「……生きてて、よかった……」


俺は立ち上がり、そっと手を差し出した。


「ここは、君の居場所だ」


彼女は、しばらく迷った後、震える手でその手を取った。


温かかった。


生きている証だった。


その瞬間、確信した。


――このダンジョンは、ただの拠点じゃない。


守るために作られた、もう一つの世界だ。


そして俺は、

その中心に立つことを、選んだのだ。


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