26話目 初の侵入者
フロースは、まさに“適材適所”という言葉そのものだった。
彼女が来てから、ジャングルの様子は目に見えて変わった。
土壌の質は安定し、湿度と魔力の循環も最適化され、植物の成長速度は格段に向上した。
「栄養循環が整えば、自然は勝手に回り始めます」
そう言いながら、彼女は土を掬っては匂いを嗅ぎ、葉の色を確かめ、根の張りを調整していく。
その結果――
虫が増え、魚が増え、動物が定着し、森は“生きた環境”へと変貌していった。
◇
そんなある日。
俺は、自作の釣り竿を手に、ジャングルの川辺に腰を下ろしていた。
木の枝を削って作った簡単な竿。
糸も、針も、最低限のものだ。
「……悪くないな」
水面は穏やかで、魚影がちらちらと見える。
風が葉を揺らし、木漏れ日が水面で揺れる。
遠くでは、トレントがゆっくりと歩く音がして、
さらに遠くからは、コケッコーの鳴き声が聞こえてくる。
平和だ。
本当に――平和だった。
釣り糸を垂らしながら、ふと思う。
こんな時間が、ずっと続けばいい。
そう、思ったその時だった。
――そのときだった。
空気が、わずかに震えた。
背後から、羽音が近づいてくる。
「主!」
振り返ると、アイリスが慌てた様子で降り立つ。
「ダンジョン周辺に、冒険者の一団を確認しました!」
その声で、川辺の穏やかな空気が一変した。
「人数は?」
「五名です。装備から見て、恐らくD級冒険者。
斥候らしき者も確認できました」
俺は立ち上がり、釣り竿を静かに地面に置く。
「……もう来たか」
思ったより早い。
「位置は?」
「南側の林を抜けて、こちらへ向かっています。
まだダンジョンの正確な入口は把握していませんが……時間の問題です」
アイリスの表情は引き締まっていた。
「目的は?」
「恐らく探索。
この周辺の魔力濃度が上がっていますから、勘のいい者なら気づくでしょう」
俺は少し考え、川の流れを見る。
平和だった景色が、一気に緊張を帯びる。
「……なるほどな」
ゆっくりと息を吐き、決断する。
「まずは、様子見だ」
「はい」
アイリスは頷く。
「こちらから仕掛ける必要はありません。
ですが、侵入が確認され次第――」
「対応する」
言葉を継ぐ。
俺はダンジョンの奥へと視線を向けた。
「まだ“敵”とは決めてない。
だが、ルールは守ってもらう」
そう呟いた瞬間、足元の地面がかすかに脈打つ。
ダンジョンが、主の意志に反応していた。
――平穏は、終わりを告げようとしていた。
森の向こうで、枝が折れる音がした。
冒険者たちが、確実に近づいている。




