25話目 アルラウネのフロース
生活も少しずつ安定してきた。
けれど――俺はふと、カウンター越しに並ぶ顔ぶれを見渡して思った。
「……このカフェ、使ってるの俺たちだけだな」
店内には、アイリス、マリー、雪、結衣、そして俺。
五人だけ。
椅子もテーブルも、きれいに並んでいるのに、どこか物足りない。
「せっかく作ったのに、もったいないわね」
雪がカップを置きながら、穏やかに微笑む。
「お客さん、いないもんね」
結衣も頷いた。
「でも……人を呼ぶのは、まだちょっと怖いです」
「そりゃそうだな」
俺は頷く。
ダンジョンの存在を知られすぎるのは危険だ。
だが、誰も来ないカフェというのも、やっぱり寂しい。
そんな空気の中、マリーが椅子に足を組んで、にやっと笑った。
「じゃあさ」
その視線が、俺に向く。
「ガチャ、回してみたら?」
「……ガチャ?」
「うん、ガチャまわしてあーしとアイリス出してるんでしょ?じゃあさ店員とか、常連候補とか、出るかもしんないよ?」
「いや、それは……」
アイリスが腕を組んで少し考える。
「……確かに、主のダンジョンは安定しています。
新たな存在を迎える余裕は、あります」
「でしょ?」
マリーが頷く。
雪は少しだけ首を傾げてから、やわらかく笑った。
「人が増えるのは、悪いことじゃないと思うわ。
賑やかな方が、きっと楽しいもの」
結衣も、少し考えてから手を上げる。
「……私も、賛成です。
いろんな人がいたら、きっと楽しい」
視線が集まる。
俺は、しばらく黙って考えた。
確かに、今のままじゃ閉じた世界だ。
守るには十分だが、広がりがない。
「……わかった」
そう言って、俺は立ち上がる。
「一回だけだ。
何が出ても、ちゃんと責任持つ」
「それそれ!」
マリーが嬉しそうに拳を突き上げた。
アイリスは静かに頷く。
「では、召喚準備を整えます」
こうして――
星ヶ丘カフェ初の“新メンバー候補”を賭けた、ガチャが回されることになった。
ガチャの起動音が、静かにカフェに響いた。
いつもなら――
金色の光があふれ出すはずだった。
だが今回は違う。
「……あれ?」
光は、銀色だった。
鈍く、落ち着いた輝き。
派手さはないが、どこか知的な印象を受ける色。
「金じゃないな……」
「うーん、当たりではあるけど、大当たりではない、って感じ?」
マリーが肩をすくめる。
アイリスはじっとその光を見つめていた。
「ですが……銀は“安定型”の証でもあります」
そう言った瞬間、ガチャが弾けるように開いた。
中から現れたのは――
背の高い、植物の香りをまとった女性だった。
翠色の長い髪。
ところどころ葉のように揺れる毛先。
そして――少しずれた丸眼鏡。
白衣のような服を着て、手には分厚い本を抱えている。
「……あれ? ここ、研究所じゃない……?」
ぼんやりと周囲を見回し、首を傾げる。
《召喚完了》
《種族:アルラウネ》
《ランク:B》
《特性:植物操作/成長促進/環境解析》
《職性:生態学者》
「……え?」
結衣が思わず声を漏らす。
「植物……?」
「研究者……?」
当人はというと、ふらっと一歩前に出て、床に落ちていた葉を拾い上げる。
「ふむ……この魔力循環、興味深い……」
そのまま床にしゃがみ込み、メモを取り始めた。
「……あの、あなたは?」
俺が声をかけると、彼女は顔を上げた。
「あ、失礼。私、フロース。
一応……植物生態学をやってる者です」
眼鏡をくいっと上げる。
「研究に夢中になると周りが見えなくなるって、よく言われます」
そのまま、床に座り込んだまま周囲を見渡す。
「……あ、ここ、土壌の魔力濃度がすごく安定してる。
この環境なら、通常じゃ育たない植物もいけそう……」
マリーが苦笑いする。
「うわ、もう仕事モードだ」
アイリスは小さく頷いた。
「生態学者……なるほど。
カフェや農地との相性は良さそうですね」
フロースは顔を上げて、少し照れたように笑った。
「えへへ……でも、生活能力はあんまりないです。
ご飯とか、忘れますし……」
「……なるほど」
俺は思わず苦笑した。
「まあ、ここには料理上手もいるしな」
雪がやわらかく微笑む。
「大丈夫よ。ちゃんとご飯は食べさせてあげるわ」
「えっ、ほんとですか……?」
フロースの目が輝いた。
「それじゃ、ここ……すごく住みやすいかも」
俺は、皆を見回す。
戦闘力、生活力、知識、そして癒し。
「……悪くないな」
そう呟いた瞬間、ふと胸の奥が温かくなった。
こうして、
星ヶ丘カフェにまた一人、新しい仲間が加わった。
次は、彼女がこのダンジョンにどんな変化をもたらすのか――
それを考えるのが、少し楽しみだった。




