23話 星ヶ丘カフェ
数日後――
ダンジョンの一角に、ついに完成した建物があった。
木の温もりをそのまま生かした、やさしい雰囲気の小さな店。
外壁は淡い木目、窓からは柔らかな灯りが漏れている。
看板には、手書きの文字でこう書かれていた。
――星ヶ丘カフェ
「……いい名前だ」
思わず、そう呟く。
中に入ると、木の香りがふわりと広がる。
カウンターもテーブルも、どこか温かみがあって、自然と気持ちが落ち着いた。
「完成だね」
マリーが腕を組みながら満足そうに頷く。
「うん。結構いい感じじゃん?」
結衣は少し照れたように笑いながら、窓際の鉢植えを整えていた。
「……お姉ちゃん、喜んでくれるかな」
「絶対喜ぶ」
俺はそう言い切った。
◇
「よし、今日は完成祝いだ!」
そう言って、宴会の準備が始まった。
料理担当は――もちろん雪。
「結衣は……お皿並べる係ね」
「えっ、ひどくない!?」
「この前、包丁落としかけたでしょ?」
「うっ……」
即却下だった。
食材集めは俺とアイリス、そしてマリーの三人。
「ハチミツ、お願いできるか?」
「任せて~」
クイーンビーの巣へ向かうと、女王蜂は機嫌よく羽音を鳴らし、琥珀色の蜜を分けてくれた。
「ありがとな」
「ぶんっ♪」
野菜は、結衣が丹精込めて育てたもの。
トマト、葉物、根菜……どれもつやつやしている。
「ちゃんと育ってるでしょ?」
「立派だ」
少し誇らしげな顔をして、結衣は胸を張った。
◇
テーブルに料理が並び始める。
野菜たっぷりのスープ。
ハチミツを使った甘いパン。
そして、雪特製の温かい料理が次々と並ぶ。
「はい、できましたよ」
雪が微笑みながら皿を置く。
「……すごい匂い」
マリーが目を輝かせる。
「いただきまーす!」
一斉に食べ始めると、あちこちから声が上がった。
「うまっ!」
「これ、やば……」
「……あったかい……」
静かに食べる者もいれば、賑やかに笑う者もいる。
ワイルドキャットはテーブルの下で魚をもらってご満悦だ。
「こうしてると……普通の家族みたいだね」
結衣がぽつりと言った。
雪が優しく微笑む。
「ええ。とても、あたたかいわ」
俺はその光景を眺めながら、胸の奥がじんわりと満たされていくのを感じていた。
戦いも、危険も、これからきっと増える。
でも――
「……守りたいものが、増えたな」
誰にともなく呟く。
笑い声が響く、木の香りのカフェ。星ヶ丘カフェはこのダンジョンの象徴になるだろう。
宴がひと段落し、食器を片付けながら、ふと気づいた。
――肉と魚がない。
今日の料理はどれも美味しかった。
野菜も、蜂蜜も、パンも最高だった。
だが、決定的に“主菜”が足りない。
「……そうか」
無意識に呟く。
「今回の食材、ほとんど外で買ってきたんだよな」
このダンジョンで生活していく以上、いずれ限界が来る。
外に頼りきりでは、いずれ不自然になるし、危険も増える。
「自給自足、か……」
その言葉を聞いた瞬間――
アイリスの表情が、僅かに変わった。
目が、妙に輝いた。
「……主、それなら良い案があります」
そう言って、ずいっと一歩前に出る。
「ダンジョン内に、家畜系モンスターを導入しましょう」
「……家畜?」
「はい」
アイリスは、なぜか少し頬を紅潮させながら続ける。
「まずは《黒兎》です」
その瞬間、彼女の口元に、うっすらと涎が浮かんだ。
「黒い毛並みを持つ兎型モンスターで、非常に素早いですが……肉質が良く、繁殖力も高いのです」
「……おい」
「煮ても焼いても美味です」
目が真剣すぎる。
「次に《ビックボア》」
今度は両手を広げて説明する。
「大型の猪型モンスターです。温厚ですが、怒らせると非常に危険。
しかし、肉質は柔らかく脂が乗っていて……」
「アイリス?」
「燻製にも向いています」
完全に食欲の話になっている。
「……最後に《コケッコー》です」
ここでようやく少し我に返ったように咳払いをする。
「鶏型モンスターで、卵を自然に産み落とします。
管理が容易で、食料供給としては最適です」
「……なるほど」
確かに、理にかなっている。
「つまり、家畜を飼えば肉と卵が安定供給できる、と」
「はい。
ダンジョン環境なら繁殖も早く、管理も容易です」
言い切るアイリスの横で、マリーが肩をすくめた。
「なんかさ、説明がどんどん“料理目線”になってない?」
「……気のせいです」
即答だった。
結衣は少し青ざめながら聞いている。
「えっと……その……生き物、ですよね?」
「もちろんです。
きちんと飼育します」
雪は少しだけ微笑んで言った。
「命をいただくってことを、ちゃんと考えるなら……いいと思うわ」
その言葉に、場の空気が少し落ち着く。
俺は腕を組んで考えた。
「黒兎、ビックボア、コケッコー……か」
生態系も、食料事情も、ダンジョンとしては重要だ。
「……よし。導入しよう」
そう言うと、アイリスの目が輝いた。
「では、早速手配を――」
「待て」
俺は一言付け加える。
「食べる前に、ちゃんと世話する。
命をいただくってこと、忘れるな」
一瞬、アイリスは驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「……承知しました、主」
こうして――
ダンジョンはついに、“食の循環”という次の段階へ踏み出した。
平和で、少しだけ現実的な一歩だった。




