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21話 カレン誘拐作戦


それからというもの、俺は外の世界の動きを注意深く追っていた。

ニュース、ネット、噂話――どれも断片的だが、確実に“異常”は日常になりつつある。


病院に関しても同じだった。


雪が運び出された件は、思ったほど騒ぎになっていない。

ダンジョン由来の患者が日々運び込まれ、医療現場は完全にパンク状態。

一人消えたところで、追いきれない――そんな状況だった。


つまり、今が一番動きやすい。


「……今なら、いけるな」


俺はダンジョンの中で、ゆっくりと息を吐いた。


カレンのことを思う。

意識を失ったまま、病室でただ時間が過ぎていく彼女。

助ける手段は、もう揃っている。


あとは――連れてくるだけだ。



「カレンを、ここに連れてくる」


そう告げた時、皆の表情が一瞬引き締まった。


アイリスは静かに頷き、

「既に把握しています。準備は整っています」と答える。


マリーは腕を組みながら、少しだけ真剣な顔をした。


「いよいよだね。

でもまあ、あーしがいるんだから大丈夫でしょ」


結衣も、ぎゅっと拳を握る。


「……私も手伝います。お姉ちゃんが助けてもらったんです。今度は私が」


俺は皆を見渡し、最後に一言だけ言った。



これからもよろしく頼むと。



準備を終え、俺は一人でダンジョンの奥へ向かう。


呼び出すのは――


「シャドウウルフ」


闇が揺れ、影が集まる。

現れたのは、静かに佇む黒い狼。

赤い瞳が、まっすぐ俺を見上げていた。


「頼む。病院まで案内してくれ」


シャドウウルフは低く喉を鳴らすと、影の中に溶けるように身を沈める。


その瞬間、空間が歪んだ。

影が伸び、俺の身体を包み込み、足元の感覚が消える。


――転移。


視界が切り替わり、冷たい夜風が頬を打つ。

そこは、街の外れにある総合病院の裏手だった。


白い外壁、非常灯、夜勤の明かり。

人の気配はあるが、どこか慌ただしく、余裕がない。


「……ここか」


俺は小さく息を吐く。


ここに来る前、アイリスが偵察を終えていた。

病院内の人の流れ、警備の位置、監視カメラの死角。

そして――


「カレンは、三階の個室。重症患者区画です」


あの淡々とした声が脳裏によみがえる。


「現在も魔力反応を確認しています。

命の危険はありませんが、放置すれば衰弱が進行します」


つまり、時間はあまりない。


シャドウウルフが低く唸り、建物の裏手を指し示す。

人の出入りが少なく、影の濃い通路。


「……案内、感謝する」


俺は深く息を吸い、気配を殺して一歩踏み出した。


この先に、カレンがいる。


守るために。

連れ出すために。

そして――この世界の理不尽から、救い出すために。


静かに、闇の中へと溶け込んでいった。





病室のカーテンをそっと開けると、そこには――

ベッドに横たわる、カレンの姿があった。


顔色は青白く、呼吸は浅い。

胸はわずかに上下しているが、まるで眠っているだけのようで、けれどその静けさが逆に不安を煽る。


「……カレン……」


思わず声が漏れた。


近づいて、ベッドの脇に立つ。

細くなった腕、冷たい指先。

触れた瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。


――生きている。

でも、このままじゃ……。


視界が滲む。


「……今助けるからな」


そう言っても、返事はない。

それでも、俺は話しかけずにはいられなかった。


ふと、記憶がよみがえる。


――小学生の頃。

二人で初めて遊園地に行った日。


ジェットコースターが怖くて、俺が泣きそうになったとき、

「大丈夫だって!ほら、手つなご?」

そう言って笑ってくれたカレン。


――裏山に秘密基地を作った日。

段ボールとブルーシートで作った、あまりにも貧相な“城”。


それでも二人で座って、

「ここ、秘密な!」

なんて言って、夢中で話していた。


――勉強が苦手な俺に、根気よく教えてくれた夜。


「もう、なんでこんなの分かんないの~」

そう言いながらも、最後まで付き合ってくれた。


いつも、隣にいた。

当たり前みたいに、そこにいてくれた。


「……なあ、カレン」


声が震える。


「今度は、俺が助ける番だ」


拳をぎゅっと握りしめる。


「ずっと……お前に守られてきたんだ。

だから今度は、俺が――」





――俺は、そっと息を吸い込んだ。


「……今度は、俺が守る番だ」


そう呟いた瞬間、足元の影が静かに蠢いた。


「来い、シャドウウルフ」


影が広がり、床一面を覆う。

まるで闇そのものが応えるように、黒い波がベッドの下から立ち上がった。


「……少しだけ、我慢してくれ」


カレンの身体ごと、そっと抱き上げる。

その軽さに、胸が締めつけられた。


そして次の瞬間――

影が跳ね上がり、俺たちを包み込んだ。


――転移。


視界が暗転し、重力が一瞬だけ消える。



次に視界が戻ったとき、そこはダンジョンの病室だった。


柔らかな魔力の灯り。

清浄な空気。

穏やかに循環する魔力の流れ。


「……戻ったか」


俺はカレンを、用意されていたベッドへと静かに寝かせる。


その場には、すでに皆が集まっていた。


ワイルドキャットはベッドの横にちょこんと座り、尻尾をゆっくり揺らしている。

アイリスは背筋を伸ばし、冷静に状態を確認していた。

マリーは腕を組みながらも、真剣な眼差しでカレンを見つめている。

そして結衣と雪は、緊張した面持ちで一歩下がって様子を見守っていた。


俺は、そっとシャドウウルフの頭を撫でた。


「ありがとう。助かった」


低く喉を鳴らし、シャドウウルフは影の中へと溶けていく。


それから、皆の方を向いた。


「……この子が、カレンだ」


一瞬、空気が引き締まる。


「魔力欠乏症だ。

ここ――このダンジョンなら、命を繋げる。

だが、それにはみんなの力が必要になる」


そう言って、俺は頭を下げた。


「協力してほしい」


最初に口を開いたのは、アイリスだった。


「承知しました、主。

この方はダンジョンにとっても重要な存在です。

全力で管理・保護を行います」


揺るぎない声だった。


次にマリーが肩をすくめる。


「ま、事情はだいたい分かったよ。

あーしも協力する。こういうの、嫌いじゃないし」


軽い口調だが、その目は真剣だった。


ワイルドキャットは「にゃぁ」と小さく鳴き、カレンのそばに丸くなる。

まるで守るように。


そして――


「うふふ……お姉さんも、頑張るわ」


柔らかな声が響く。

雪が、少し大人びた微笑みを浮かべていた。


その表情には、包み込むような優しさと、静かな覚悟が滲んでいる。


最後に、結衣が一歩前へ出た。


「……私、お姉ちゃんを助けてもらったから」


拳を握りしめ、まっすぐに前を見つめる。


「今度は私が、誰かを助けたい」


その声は震えていない。

覚悟の宿った、強い声だった。


「だから……ここで、頑張ります」


その言葉を聞いて、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「ありがとう、みんな」


俺は深く息を吸い、カレンの顔を見る。


穏やかな寝息。

もう、苦しそうじゃない。


「ここが、お前の居場所だ」


そう呟いて、仲間たちを見渡す。


――このダンジョンは、もうただの巣じゃない。

守る場所であり、帰る場所だ。


そして、ここからが本当の始まりだった。



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