2話目 魔力欠乏症
目を覚ました時、最初に感じたのは、時間がずいぶん経ってしまったという感覚だった。理由は分からない。ただ、身体が重く、夢と現実の境目が曖昧で、意識を失ってからそれなりに長い時間が過ぎているのだろうと、なんとなく理解できた。
白い天井を見つめながら、ゆっくりと瞬きをする。身体を少し動かそうとすると、鈍い痛みが遅れて返ってきた。
「……」
喉が渇いている。声を出そうとしても、うまく音にならなかった。
ベッドの横にある時計に目を向けて、そこで初めて、日付を見た。事故の日付より、明らかに先を示している。
「……二週間……?」
思わず、かすれた声が漏れた。
そんなに眠っていたのか。いや、眠っていたというより、意識を失っていたという方が正しいのかもしれない。頭が追いつかないまま、俺は視線を逸らし、ベッド脇に置かれたリモコンに手を伸ばした。
沈黙が怖かった。ただそれだけの理由で、テレビの電源を入れる。
画面が点いた瞬間、流れ込んできたのは、見覚えのある映像だった。いや、正確には「覚えがあるはずなのに、知らない光景」だった。
ヘルメットを被ったレポーター。
立ち入り禁止のテープ。
地面に口を開けた巨大な穴。
「……え?」
レポーターの声が、やけに落ち着いて聞こえる。
「ダンジョン発生から二週間が経過しましたが、現在も各地で調査と封鎖が続いています」
二週間。その言葉で、胸の奥が強く締め付けられた。
画面は次々と切り替わる。国内、海外、同じように裂けた地面と、地下へと続く闇。軍や警察が配置され、まるでそれが当たり前の光景であるかのように報道が進んでいく。
「ダンジョン内部から確認されている未知のエネルギー、通称“魔力”の影響により、一部の人々に身体的変化が確認されています」
スキル、という単語が、当たり前のように使われる。
俺は、ただ画面を見つめていた。
知らなかった。
いや、知る機会がなかった。
その時、病室の扉が静かに開いた。
「……起きられたんですね」
ナースが驚いたように、そしてすぐに安堵したように息をつく。
「いつから……」
「先ほどです」
俺はテレビに視線を戻したまま、言った。
「……俺、どれくらい寝てましたか」
「約二週間です。状態が安定するまで、ずっと眠っていました」
やっぱり、二週間。
「……この世界、変わりすぎじゃないですか」
ナースは一瞬だけ言葉に詰まり、それから静かに頷いた。
「はい。あなたが眠っている間に、たくさんのことが起きました」
俺は、無意識に次の言葉を口にしていた。
「……魔力って、なんなんですか」
ナースの表情が、少しだけ硬くなる。
「ダンジョンから溢れ出した未知のエネルギーらしいです。多くの人が適応しましたが……全員ではありません」
嫌な予感が、背中をなぞる。
「適応できなかった人は……」
「魔力を自分で生み出せない体質だと確認されています。魔力欠乏症と呼ばれていて、魔力濃度の低い環境では生命維持が難しいケースもあります」
胸の奥が、静かに冷えていった。
俺はテレビを消し、天井を見上げた。
その日、世界中でダンジョンが出現してから、すでに二週間が経っていることを、俺はようやく理解した。
それ以上、じっとしていられなかった。
胸の奥に沈んだ違和感が、時間とともに重さを増していく。考えないようにすればするほど、逆に意識してしまう。俺はベッドの端に手をつき、ゆっくりと身体を起こした。点滴の管が引っ張られ、鈍い痛みが走るが、それでも止まれなかった。
ナースステーションは、病室の外にあった。廊下を歩くたびに足元が少しふらつく。二週間眠っていた身体は、思った以上に言うことを聞かなかった。
「……すみません」
声をかけると、ナースが振り返った。
「どうされましたか。まだ安静にしていないと――」
「一緒に事故に遭った人のことを、教えてください」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。逃げるような言い方にはしたくなかった。
ナースは一瞬だけ黙り込み、それからカルテに視線を落とした。
「お名前は?」
喉が詰まった。
それでも、言った。
「……円頓寺カレンです」
その名前を口にした瞬間、ナースの手が止まった。それだけで、答えはほとんど出ていた。
「……こちらではありません」
胸が、強く脈打つ。
「彼女は、別の病院に移送されています。現在も、意識は戻っていません」
思っていたよりも、静かな言葉だった。
それが、余計に現実味を増す。
「理由は……」
ナースは、そこで言葉を切った。はっきり答えられない、というより、答えそのものがまだ定まっていないような間だった。
「正確な原因は、まだ分かっていません」
そう前置きしてから、続ける。
「ただ、ダンジョンが各地に現れた日以降、突然意識を失い、そのまま目を覚まさない人が、各地で確認されています」
俺は、黙って聞いていた。
「共通点として言われているのが……魔力の量です」
魔力、という言葉を口にする時、ナースはほんの少しだけ声を落とした。
「研究者の発表では、魔力が極端に少ない状態の人が、ダンジョン発生時の環境変化に耐えられず、深い意識障害に陥っている可能性がある、と」
可能性。
あくまで、仮説。
「それを、魔力欠乏症と呼ぶようになった、と聞いています」
つまり、確定した病気ですらない。
名前をつけて、整理しようとしている段階。
「……戻らない人も、いるんですか」
俺の問いに、ナースはすぐには答えなかった。
「……はい」
短く、でも誤魔化さずに。
「意識が戻らないままの方も、確認されています。ただ、回復した例も、わずかですがあります」
わずか。
その言葉が、妙に重かった。
「ですから……円頓寺さんの場合も、何が決定的な原因なのか、まだ断定できていません」
責任を避ける言い方ではなかった。
本当に、分かっていないのだ。
「今は、魔力を補助する装置を使いながら、経過を見ている状態です」
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
事故のせいなのか。
ダンジョンのせいなのか。
魔力のせいなのか。
どれも正しくて、どれも決定打ではない。
ただ一つ確かなのは、ダンジョンが現れた日から、彼女は意識を失い、そして戻ってきていないという事実だけだった。
「……ありがとうございます」
それ以上、聞くことはできなかった。
病室へ戻る途中、頭の中で同じ言葉が何度も繰り返される。
魔力が少ない状態。
魔力がなければ、生きられない。
魔力があれば、もしかしたら。
あの地下空間は、魔力で満ちていた。
人間が長くいれば、むしろ危険だと思うほどに。
それでも。
それでも、俺はダンジョンマスターになってしまった。
まだ何も分からない。
方法も、確証もない。
けれど、世界が変わってしまった以上、可能性がある場所は、あそこしか思い浮かばなかった。
偶然で掴んでしまった立場が、今はただ一つの希望みたいに、胸の奥で静かに燻っていた。
カレンがメインヒロインですが、たくさんキャラはでてきます!あなたの推しが見つかるように頑張ります!
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