15話 戦士 星ヶ丘結衣視点
ダンジョンが世界に現れて、一か月が経った。
テレビをつければ、どのチャンネルも同じ話題ばかりだ。
ダンジョン、モンスター、スキル、被害者数。
遠い国の出来事のように、数字だけが淡々と流れていく。
アメリカでは、ダンジョンから現れたドラゴンによって数万人規模の死傷者が出たらしい。
街が燃え、軍が出動し、それでも被害は止められなかった、と。
でも、そのニュースを見ながら、私はどこか他人事だった。
怖いとは思う。
だけど、現実味がなかった。
テレビの向こう側で起きている、映画みたいな話。
「日本は大丈夫でしょ」
根拠のない安心感を、私は疑いもしなかった。
――私、星ヶ丘結衣にも、スキルは目覚めた。
あの日、頭の奥に響いた声。
みんなが「神の声」と呼んでいるもの。
最初は夢かと思ったけれど、はっきりと、確かに聞こえた。
《スキルを授与します》
結果は、
【戦士】
【怪力】
画面に浮かんだ文字を見た瞬間、思わず眉をひそめた。
「……可愛くない」
率直な感想だった。
剣を振るって、力任せに殴る。
そんなイメージしか浮かばない。
もっとこう、魔法とか、回復とか、華やかなものがよかった。
同い年の友達は、【風魔法】だとか【治癒】だとか、聞くだけでちょっと憧れるスキルをもらっていたのに。
それに比べて、私のは――
汗と筋肉の匂いがする。
家に帰って、その話をすると、雪お姉ちゃんは笑った。
「いいじゃない、強いって」
雪お姉ちゃん――星ヶ丘 雪。
二つ上で、私が一番信頼している人。
お姉ちゃんのスキルは、
【家事】
【料理】
【カフェ店員】
最初に聞いたときは、さすがに笑ってしまった。
でも、よく考えればすごい。
料理はプロ級、片付けは一瞬、笑顔も完璧。
近所のおばさんたちからも、「将来はお店出せるわね」なんて言われている。
「女の子らしくて、羨ましい」
そう言うと、お姉ちゃんは少し照れたように笑った。
「結衣も十分女の子だよ」
その言葉を、私は疑わなかった。
それから少しして、スキル保持者としての簡易検査を受けた。
結果は、Eランク。
紙に印刷されたその文字を見ても、特に何も感じなかった。
どうやらDランク以上になると、国が作った専門の学校に通わなければならないらしいけれど、私には関係のない話だった。
ニュースの中の話。
強い人たちの話。
私は、ただの日常を生きる側だと思っていた。
――数日後までは。
「結衣……落ち着いて聞いてね」
病院の待合室で、そう言われたときの空気を、今でもはっきり覚えている。
白い壁、消毒の匂い、遠くで鳴る機械音。
その全部が、現実感を奪っていった。
雪お姉ちゃんは、突然倒れた。
いつものカフェで働いている最中、常連のお客さんからもらった果物を口にした直後、意識を失ったらしい。
疲れかな、体調不良かな、最初はそんなふうに思われていた。
でも、精密検査の結果は違った。
「……この世界には存在しない毒、です」
医師は、言葉を選びながら説明してくれた。
体内で確認された成分は、既存のどんな毒とも一致しない。
けれど、最近になって報告が増えている――ダンジョン由来の物質と、極めて近い反応。
つまり。
あの果物は、ダンジョン産だった。
「……ふざけないで」
誰が、何のために。
怒りがこみ上げた。
知らなかったでは済まされない。
安全だと思って、日常に紛れ込ませた誰かがいる。
でも――
怒っている場合じゃない。
「お姉ちゃんを……助けなきゃ」
手は震えていたけれど、スマホを握りしめて必死に調べた。
ダンジョン、毒、治療、回復。
すると、いくつかの記事が目に入った。
――ダンジョン産の毒は、ダンジョン産のポーションで中和できた事例がある。
希望の文字。
だけど、次の行で心臓が冷えた。
――ポーションの価格は、最低でも100万円以上。
画面を何度も見直した。
見間違いじゃない。
しかも、流通しているものが本物かどうか、保証はない。
そんなお金、あるわけがない。
家に余裕があるわけでもない。
なら――。
頭の中で、別の選択肢が浮かんだ。
「……自分で、取るしかない」
怖くなかったわけじゃない。
でも、立ち止まっている時間はなかった。
せっかく戦士なんてスキルをもらったんだ。
可愛くないと思っていた怪力も、今なら意味がある。
安い武器を買って、
初心者向けって書かれた、手頃なダンジョンに行く。
ポーションが出る保証なんて、どこにもない。
それでも、やらなきゃいけない。
私は、スマホを握りしめたまま、深く息を吸った。
――この選択が、
あの夜、別のダンジョンで行われた戦いと、
一人のダンジョンマスターと、
繋がっていくことも知らずに。
物語は、もう交わり始めていた。




