13話 初戦
闇の中、最初に崩れたのは秩序だった。
スケルトンたちが音もなく前進し、ゴブリンの見張りを槍で貫く。
倒れた死体に、すぐさまゾンビが群がり、引き裂き、押し倒し、そのまま地面へと沈めていく。
数で押す戦い。
恐怖を与え、逃げ道を塞ぎ、抵抗の意思を折る。
ゴブリンたちは叫び、逃げ、仲間を踏み越えた。
だが逃げた先にも、骨と腐肉は待っている。
やがて、異変が起きた。
倒れたゴブリンの一部が、ゆっくりと起き上がったのだ。
皮膚は灰色に変色し、目は濁り、動きは鈍い。
ゴブリンゾンビ。
ゾンビの瘴気に侵され、敵だったものが、味方の駒へと変わっていく。
「……いける」
正直、そう思った。
このまま押し切れる。
そう確信した、その瞬間だった。
焚き火の奥から、重い足音が響いた。
ゴブリンナイト。
粗末ながらも鎧を着込み、盾と剣を持った個体。
ただのゴブリンとは明らかに違う。
動きが洗練されている。
次の瞬間、ナイトの剣が横薙ぎに振るわれ、スケルトンの槍が叩き折られた。
骨が弾け、数体が一気に崩れ落ちる。
さらに、その背後から低い詠唱が聞こえた。
「……まずい」
魔力の流れが、はっきりと見えた。
ゴブリンマジシャン。
手にした杖の先が赤く光り、次の瞬間、火球が放たれる。
炸裂音。
ゾンビの群れが吹き飛び、腐臭と灰が舞った。
再生するはずの肉体が、焼かれて動かなくなる。
優勢だった戦況が、一気にひっくり返る。
ゴブリンナイトは盾で突進し、スケルトンを押し潰す。
マジシャンは後方から魔法を連打し、死者の軍勢を確実に削っていく。
「想定外だ……」
ただのゴブリンのダンジョンじゃない。
明確な役割分担と、上位個体の存在。
指揮されている。
アイリスの声が、冷静だがわずかに緊張を帯びて届いた。
「第一部隊、損耗が激しいです。このままでは押し切られます」
ゴブリンゾンビが増える速度より、消される速度の方が早い。
火と鋼は、死者にとって相性が悪すぎた。
俺は歯を食いしばる。
「……次を出す」
視線を闇へ向ける。
まだ、切り札はある。
影の中で、静かに待っていた存在が、動いた。
シャドウウルフ。
その目が、ゴブリンナイトとマジシャンを、はっきりと捉えていた。
そして同時に――
ダンジョンの奥で、留守番のはずだったワイルドキャットが、低く鳴いた。
戦いは、ここから本番だ。
ナイトビーの群れが夜空を裂くように突撃し、ゴブリンナイトとマジシャンを上から叩いた。
数の差は歴然で、刃と魔法を持つ個体であっても、空からの同時攻撃には対応しきれない。
一体、また一体と、ゴブリンナイトが倒れ、マジシャンの詠唱が途切れる。
だが、その代償は重かった。
ナイトビーは弾かれ、叩き落とされ、魔法の余波に巻き込まれて数を減らしていく。
スケルトンもゾンビも、すでに最前線にはほとんど残っていない。
「……消耗が激しすぎる」
勝っている。
それでも、このままでは持たない。
俺たちは、ゴブリンのダンジョンのさらに奥へと進んでいた。
空気が変わる。
湿り気と熱、そして、言葉にできない重さ。
広間の中央に、そいつは立っていた。
体格は他のゴブリンより一回り大きく、筋肉の付き方がまるで違う。
粗末ではあるが実戦を潜り抜けた鎧。
手にした武器からは、はっきりとした魔力の圧が感じられた。
「……ゴブリンジェネラル」
アイリスの声が、いつになく低い。
「ランクはBです。今までの個体とは、別格です」
嫌な予感が、確信に変わる。
ナイトビーが一斉に襲いかかる。
だが――次の瞬間、視界が追いつかなかった。
ゴブリンジェネラルが踏み込み、腕を振る。
それだけで、数体のナイトビーが弾かれ、床に叩きつけられた。
剣が閃く。
風を切る音の後、群れが分断される。
「嘘だろ……」
完全に、力でねじ伏せられている。
影の中からシャドウウルフが飛び出し、喉元を狙う。
完璧なタイミングだった。
だが、ゴブリンジェネラルはそれを読んでいたかのように、最小限の動きでかわし、逆に一撃を叩き込む。
シャドウウルフが地面を転がる。
それでも立ち上がり、再び影に溶ける。
善戦している。
だが、勝てない。
このままでは――
そのときだった。
「……前線に出ます」
アイリスが、静かにそう言った。
「危険だ!」
「分かっています。でも、今は――」
彼女は空へ舞い上がり、戦場の中央へと降り立つ。
スーツ姿のまま、怯むことなく。
そして、唄い始めた。
低く、澄んだ旋律。
空気が震え、魔力の流れが変わる。
《活性の唄》
シャドウウルフの影が、濃くなる。
動きが、目に見えて鋭くなった。
続けて、旋律が変わる。
《守護の唄》
不可視の膜が張られ、次の一撃を耐える。
「今です!」
アイリスの声に応え、シャドウウルフが再び飛び出した。
影から影へ、死角を突く連続攻撃。
唄によって強化された一撃が、ついにゴブリンジェネラルの体勢を崩す。
その隙を、逃さない。
シャドウウルフが喉元に牙を立て、アイリスの唄が最後まで響ききった瞬間、
ゴブリンジェネラルは、膝をつき、そして動かなくなった。
静寂が、訪れる。
荒い息をつきながら、俺はその光景を見つめていた。
「……勝った、のか」
アイリスが、少しだけ肩の力を抜く。
「はい。ギリギリですが」
勝利だった。
だが、犠牲は大きい。
そして――
このダンジョンの奥には、まだ“主”がいる。
俺は、喉を鳴らし、次の覚悟を固めた。




