11話 ダンジョン野菜
地下1階を作ってから、ダンジョンポイントはきれいさっぱり無くなった。
だからといって、何もできないわけじゃない。
むしろ俺は、やることがないからこそ、自宅とダンジョンを行き来しながら、いろんな検証を始めていた。
まず手をつけたのは、装備だった。
地下1階に配置したスケルトンたちは、素手――いや、骨の手のままだ。防衛力としては十分だが、もう少しだけ、工夫できる気がした。
「……武器、作れるよな」
裏山に落ちていた木の棒を拾い、石を削る。
不格好でもいい。
先を尖らせて、簡易的な槍を作る。
それを、何本も。
「これなら、ポイントは使わない」
スケルトンに持たせると、問題なく扱えた。
動きはぎこちないが、刺す、突くという動作は、十分に機能している。
「ポイント節約、成功だな」
ハーピーも、その様子を見て頷いた。
「創意工夫による戦力向上は、効率的です」
淡々とした評価だったが、否定はされなかった。
次に試したのは、ジャングルの利用だ。
魔力生成樹木と果樹は順調だが、ふと疑問が浮かんだ。
「……普通の野菜、育つのか?」
ナス、トマト、きゅうり。
家の畑用に買ってあった苗を、試しにジャングルの一角に植えてみる。
結果は。
「……早すぎないか?」
数日で、明らかに成長している。
いや、数日どころじゃない。
昨日植えたはずの苗が、今日はもう実をつけ始めていた。
「魔力の影響ですね」
ハーピーが説明する。
「成長促進効果があります。ただし、味や安全性に問題はありません」
試しに、収穫して食べてみた。
「……うまい」
普通に、美味しい。
えぐみもなく、味が濃い。
特に。
「……これは、いいですね」
ハーピーが、きゅうりを手に取る。
一口。
二口。
止まらない。
「……」
「……」
「食感と水分量のバランスが、非常に優れています」
言い訳のような分析をしながら、三本目に手を伸ばしていた。
「……ハマってるだろ」
「そ、そんなことは」
否定しきれない様子だったので、それ以上は突っ込まなかった。
こうして、ダンジョンは少しずつ、生活の場としても機能し始めていた。
ただ。
問題は、時間だ。
学校に通いながら、ダンジョン経営をするのは、正直きつい。
だから、俺は親に相談した。
体調が完全じゃないこと。
無理をしたくないこと。
結果、定時制への変更を許してもらえた。
「……感謝してもしきれないな」
親の理解がなければ、今の生活は成り立たなかった。
そうして、穏やかな時間が続いていた、ある朝。
ダンジョンで、ワイルドキャットと遊んでいたときだった。
足元で猫が転がり、俺が笑いながら撫でていると。
「管理者」
ハーピーの声が、いつもより少しだけ硬い。
「侵入者を確認しました」
空気が、変わる。
「……何だ」
「ゴブリンです」
その一言で、頭が一気に冷えた。
メニューが開き、映像が共有される。
地下1階の入口付近。
緑色の小柄な影が、数体。
「近隣に、ゴブリン系ダンジョンが発生した可能性があります」
「……もう?」
思ったより、早い。
「ダンジョン同士が近い場合、魔力圏の侵食が起きます」
ハーピーは続ける。
「放置すれば、こちらのダンジョンが影響を受ける可能性があります」
つまり。
「……攻めるなら、今か」
「はい」
迷いはなかった。
守るためには、動く必要がある。
まだ、完全な準備は整っていない。
それでも。
「初めての、外への一歩だな」
ワイルドキャットが、足元で小さく鳴いた。
ハーピーは、静かに翼を広げる。
円頓寺ダンジョンは、これまで守るだけだった。
だが、世界はそれを許してくれないらしい。
俺は、覚悟を決める。
「行こう」
――最初の戦いが、始まろうとしていた。
まずは、偵察だ。
勢いで動くには、相手が分からなさすぎる。
「どこにあるか、場所を正確に掴みたい」
俺は、ハーピー――いや、まだ名を持たない秘書に視線を向けた。
「頼めるか?」
一瞬の間。
彼女は、いつも通りの落ち着いた表情で頷こうとして――ほんの少しだけ、躊躇した。
「……はい。お任せください」
それから、珍しく言葉を続ける。
「その……あの、差し出がましいのですが」
視線が、わずかに泳いだ。
「もし、この偵察を成功させることができましたら」
小さく、息を吸う。
「名前を、いただけないでしょうか」
思ってもみなかったわけじゃない。
けれど、こんな風に言われると、少しだけ胸の奥がくすぐったくなる。
「……もう、考えてある」
俺は、迷わず答えた。
「アイリスだ」
一拍。
それから。
「……!」
彼女の目が、はっきりと見開かれた。
普段は感情を抑えているその顔に、分かりやすい変化が浮かぶ。
口元が、ほんのわずかに緩み、翼がぴくりと動いた。
「アイリス……」
自分の名前を、確かめるように呟く。
「ありがとうございます」
深く、一礼。
その表情には、はっきりとした喜びがあった。
「必ず、成功させます」
やる気が、空気ごと変わったのが分かる。
「頼んだ」
そう言うと、アイリスは静かに空へ舞い上がり、木々の間に溶け込むように姿を消した。
俺は、その背中を見送ってから、メニューを開く。
次は、準備だ。
攻めると決めた以上、こちらから仕掛ける。
しかも。
「人にも、他のダンジョンにも、気づかれないように」
昼間は論外。
目立つし、リスクが高い。
「夜襲だな」
闇に紛れ、短時間で決着をつける。
そのために、必要なのは。
「……ゴブリンに有利なモンスター」
ゴブリンは数で来る。
知能は低めだが、集団行動を取る。
夜目は利くが、恐怖には弱い。
メニューを操作しながら、条件を整理する。
・音を立てにくい
・数で押し返せる
・ゴブリンが苦手とする存在
「……」
自然と、地下1階の光景が浮かぶ。
瘴気。
墓地。
静かに立つ、骸骨と死体。
「……相性、いいよな」
恐怖を与える。
数を揃えられる。
夜の戦場に溶け込む。
さらに。
「他に、使えるものは……」
クイーンビーの毒。
ワイルドキャットの索敵能力。
トレントの封鎖力。
全てを、同時に使う必要はない。
だが。
「最初の一手は、絶対に失敗できない」
俺は、深く息を吸った。
アイリスが戻ってくるまでに、最善の形を組み上げる。
円頓寺ダンジョン、初の外征。
それは、勢いじゃない。
準備と覚悟で、始める戦いだ。




