10話 地下1階 墓地エリア
それから、さらに二週間が過ぎた。
円頓寺ダンジョンは、相変わらず静かだった。
外部から人が入り込んだ形跡はない。
ニュースにも、この裏山の名前は出てこない。
世界では、ダンジョンを巡る騒動が加速しているらしいのに、ここだけが時間から切り離されたみたいだった。
俺は、毎日変わらずダンジョンに潜り、ジャングルを歩く。
クイーンビーの巣は、少しずつ大きくなっている。羽音は増えたが、秩序は保たれている。蜂蜜も、少量だが採れるようになった。
ワイルドキャットは、完全に居着いた。
俺の姿を見ると、どこからともなく現れて、足元をうろつく。気づけばトレントの巡回に混じって、勝手に縄張りを見回っていることもあった。
平凡で、穏やかな日々。
けれど、外の世界は動いている。
妹――桜から、連絡があった。
新しく設立された、スキル覚醒者向けの学校に入ったらしい。
どんなスキルを覚えたのかは、教えてくれなかった。
ただ、文面から伝わってくるのは、やけに前向きな様子だった。
やる気があるのはいい。
でも。
「……無茶は、するなよ」
画面に向かって、独り言のように呟く。
俺にできるのは、それくらいだった。
そして、その日のダンジョンメニュー。
【ダンジョン生成ポイント:1024】
「……超えたな」
久しぶりに、数字を見て胸が高鳴る。
焦る気持ちは、正直あった。
カレンのことを考えない日はない。
一刻も早く、魔力濃度をさらに高めたい。
でも。
「その前に、相談がある」
秘書ハーピーに声をかける。
彼女は、いつものように静かに頷いた。
「防衛を、優先すべきです」
即答だった。
「魔力欠乏症は、短期間で致命的になるものではありません。環境が整っていれば、ある程度の猶予はあります」
「……でも」
「ですが」
彼女は、言葉を遮る。
「ダンジョンが攻略されれば、すべてが失われます」
静かな声。
けれど、その言葉は、重かった。
「環境も、魔力も、眷属も。管理者の権限も」
全部、水の泡だ。
それは、理解している。
俺は、ゆっくり息を吐いた。
「……分かった」
守れなければ、意味がない。
「地下一階の環境として、提案があります」
ハーピーが、メニューを操作する。
「墓地です」
「墓地?」
「はい」
表示されたイメージには、石碑と土、霧に包まれた空間が広がっていた。
「理由は、循環です。死属性の魔力は、安定して流れやすく、維持コストが低い」
続けて、候補モンスターが表示される。
「ゾンビ、スケルトンは、生成と維持が容易です」
「ゴースト系は?」
「魔法や対霊装備がなければ、対処が難しい存在です。初期防衛としては、非常に優秀です」
確かに。
派手さはないが、堅実だ。
人が不用意に踏み込めば、簡単には抜けられない。
「……焦りすぎてたな、俺」
呟くと、ハーピーは首を横に振った。
「目的があるからこそ、焦るのは自然です」
その言葉に、少し救われた。
俺は、メニューに手を伸ばす。
【地下1階:環境設定】
「墓地でいこう」
守るための一歩。
円頓寺ダンジョンは、ゆっくりと、確実に、牙を持ち始めていた。
決断してからの作業は、早かった。
メニューを開き、地下への拡張を選択する。
【地下1階:生成】
確定の表示と同時に、足元の感覚が変わった。
円頓寺ダンジョンの奥、地面の下に、新しい空間が形を持つ。冷たい空気が流れ込み、鼻を刺すような匂いが漂った。
土と石。
湿り気。
薄暗さ。
そこは、最初から「死」に適した場所だった。
俺は、続けて項目を選ぶ。
【死属性環境補助】
【瘴気発生魔法陣:設置】
地面に、円形の文様が浮かび上がる。
淡い紫がかった霧――瘴気が、ゆっくりと広がっていく。
「これで、死属性モンスターの自然発生率が向上します」
ハーピーの説明が、背後から聞こえた。
空気は重く、冷たい。
だが、不快というほどではない。
ダンジョンとして、正しい在り方なのだと、感覚的に分かる。
次は、戦力。
【スケルトン:召喚】
【ゾンビ:召喚】
地面が、盛り上がる。
骨が組み上がり、土の中から、白い骸骨が立ち上がった。
別の場所では、腐臭とともに、青白い肌のゾンビが、よろめきながら姿を現す。
互いに、視線を向ける。
一触即発。
「待て」
俺は、すぐに命令を出した。
「争うな。ここでは、お前たちは味方だ」
その瞬間、二体の動きが止まった。
次いで、同時に頷くような仕草を見せる。
命令は、通った。
これで、内部崩壊は起きない。
……起きないはずだった。
「……」
見渡す。
暗く、何もない。
骨と死体が、ただ立っているだけ。
「……見栄え、悪くないか」
俺が言うと、ハーピーは少し考える素振りを見せた。
「墓を設置すれば、雰囲気と機能性が向上します」
「雰囲気って……」
でも、言われてみれば、納得できる。
墓地なのに、墓がないのは、確かに締まらない。
「……作るか」
【墓石:設置】
【朽ちた墓標:配置】
【石畳:敷設】
ポイントが、減っていく。
あっという間だった。
最後の墓標が立ち、空間が整った頃。
【ダンジョン生成ポイント:0】
「……ゼロ」
思わず、乾いた笑いが出る。
ハーピーは、何も言わなかった。
ただ、完成した地下1階を見渡している。
墓石の間を、瘴気が漂う。
スケルトンとゾンビは、静かに配置につき、侵入者を待つ存在になった。
防衛としては、十分すぎるほどだ。
「……しばらくは、節約だな」
俺が呟くと、ハーピーが小さく頷いた。
「健全な運営判断です」
そう言ってから、少しだけ付け加える。
「見栄えも、重要です」
「……次は、ほどほどにする」
円頓寺ダンジョン地下1階。
それは、派手さはないが、確実に牙を持つ防衛線として、静かに完成していた。




