優等生の懸念とグラードの真意
大講堂に隣接する広大な訓練場は、早朝から熱気に包まれていた。
リアは【騎士見習い】の上級クラスに所属し、木剣を振る訓練に励んでいた。木剣が風を切り裂く「ヒュッ」という鋭い音が、彼女の成長を物語っている。彼女の額からは汗が流れ、太陽の光を浴びてキラキラと反射していた。
「素晴らしい、リア・アーヴィング!才能だけでなく、努力も一流だ!」
教官に褒められ、リアは疲労を感じながらも、満足げに口角を上げた。訓練の成功は心地よい。しかし、彼女の視線は、しばしば訓練場の隅にある図書館の方向へと向かっていた。
(アステル、大丈夫かな……)
リアは自分の成功を誇らしく思う一方で、慣れない都会でたった一人、劣等クラスにいる幼なじみのことが心配でならない。
リアは休憩中、水筒を口に運びながら、村を出た日の回想に浸った。
(あの時、アステルが用意してくれた水は、本当に美味しかった。彼は【村人】でも、あの汚い水を綺麗にできた。それなのに、あのグラード先生のクラスなんて……)
リアは、アステルが【村人】のままでも持つ特別な才能を信じていたが、学校の厳格なジョブ制度が、アステルの居場所を奪うのではないかと懸念していた。彼女は木剣の柄を、不安を押し殺すように強く握りしめた。
一方、グラード先生の特別クラスの教室。相変わらずカビ臭い空気が漂う部屋で、アステルは徹夜明けの目で、先生の机に向かっていた。
期限の朝、アステルは完成させた証明論文を、震える手でグラード先生に差し出した。紙の上には、彼の指先の皮脂が濃く付着していた。
「ふん。たった三日で提出だと?見栄を張ったか、それとも諦めたか、【村人】よ」
グラード先生はそう言いながら、アステルの提出した論文を広げた。その目は冷たいままだったが、読み進めるうちに、その顔の深い皺が、わずかに、ピクリと動いた。
『ジョブ理論は「最低値(1)のステータスを持つ【村人】」の、成長の方向性「未定義」という例外を定義できず、ゆえに破綻している』
グラード先生は最後まで読み終えると、論文を机に置いた。教室には、静寂だけが響く。
「……貴様は、その極限の『無能』が、『無限の可能性』だと言いたいのか」
「はい!」アステルは背筋を伸ばした。「僕には、どのジョブの枠もない。だからこそ、どのジョブにも囚われず、知識を基盤に全てのスキルを習得できる余地があるはずです!」
恐怖はあったが、自らの命題を証明しきった達成感と、リアを守るという強い決意が、彼に臆することなく意見を述べる勇気を与えた。
グラード先生は、立ち上がると、アステルに背を向け、窓の外の訓練場を見た。遠くでは、リアを含む優等生たちが、懸命に汗を流している。
「いいか、【村人】。貴様の理論は正しい。ジョブ理論の創始者も、貴様のような『全てを失った者』にこそ、システムを超越する可能性があると書き残している」
グラード先生は振り返り、初めてアステルと目を合わせた。その瞳は、冷たさではなく、熱い、何かを託すような光を宿していた。
「私自身、かつては【村人】だった。だが、力なき者ゆえに、家族も友も守れなかった……」
その一瞬の寂しそうな表情の変化に、アステルは先生の過去を垣間見た気がした。
「貴様は、私と同じ轍を踏むな。この学校の【知識の底辺クラス】は、貴様のような『例外』を育てるためにある。貴様が証明した『可能性』を、現実にしてみせろ」
グラード先生は、アステルの論文を丁寧に巻き、彼に返した。
「合格だ。これより貴様には、このクラスで、全ジョブを理解するための膨大な知識を叩き込んでやる。貴様が真に万能な存在となり、この閉じたジョブシステムを打ち破れるかどうか、この私が試してやろう」
アステルは、その言葉に深い感動を覚えた。彼には、知識という武器を磨く、正式な場所が与えられたのだ。
「あ、ありがとうございます!」アステルは頭を下げ、喜びで手が震えているのを感じた。
彼は【村人】という最弱のジョブでありながら、自らの「弱さ」を証明することで、この学校で唯一、全てのジョブを理解する特別な教育を受ける権利を手に入れたのだった。




