職業学校の洗礼 優等生と劣等生
風鳴りの森を抜け、アステルとリアがようやくたどり着いたのは、職業学校が置かれた大都市『エルドニア』だった。
村とは比べ物にならない喧騒が、二人の小さな体を包み込む。馬車の車輪が石畳を叩く乾いた音、売り子のけたたましい叫び声、そして香辛料と人々の汗が混ざった複雑な匂い。アステルは、人の波に押されそうになり、思わずリアの服の袖を強く掴んだ。彼は、村での静かな日々を回想していた。
(あそこでは、僕が最弱でも、リアさえいれば大丈夫だった。でも、ここは違う。この街にいる誰もが、僕より強くて、僕より何かの役に立っている……)
周囲の圧倒的な情報量と、自身の【村人】としての無力さを都会で再認識し、強い不安と委縮を感じていた。職業学校は、街の区画の中でも一際大きく、磨かれた白い石でできた威厳ある建物だった。門柱には、剣と杖が交差した紋章が彫り込まれ、冷たい大理石の感触が、アステルの指先に伝わってくるようだった
学校の受付を済ませ、新入生が集められた大講堂に入る。
講堂の中は、村の集会所とは比べ物にならないほど広く、数百人の新入生がざわめいていた。誰もが、自分のジョブが持つスキルや将来性について、誇らしげに語り合っている。
リアが【騎士見習い】のバッジを見せると、周囲の視線が一斉に集まった。
「あれ、見て!【騎士見習い】だぜ!すごいな、将来は王宮に入れるかも」
「しかも結構可愛いぞ、どこかの貴族の娘か?」
リアは少し照れながらも、背筋を伸ばして堂々と振る舞っている。彼女の瞳は、未来への期待でキラキラと輝いていた。「アステル、私、あそこの剣術クラスに行くね。アステルは座学クラスでしょう?後で合流しましょう」
リアは、アステルの肩をポンと軽く叩き、数人の【戦士見習い】や【魔導士見習い】に囲まれながら、講堂の左側へ歩いていった。
(ああ、リアはすぐに、この学校の優等生グループに溶け込むんだ。僕とは違う、輝かしい未来が待っている)
リアの成功を心から喜びつつも、彼女と自分の間にあるジョブと才能の圧倒的な差を目の当たりにし、一種の孤独感と取り残される感覚を味わった。
アステルは、自分の手にある「座学コース」の紙切れを見つめた。そこには、小さな文字で「特殊技能・低レベル適性者クラス(通称:知識の底辺クラス)」と書かれている。
彼は、指定された講堂の右奥、古びた扉の先にある小さな教室へと向かった。
教室の中には、アステルを含め、わずか五人しか生徒がいなかった。全員が、体のどこかしらに不自由があったり、ジョブが【農民】や【漁師】といった非戦闘職の子どもたちだ。アステルは最弱の【村人】だった。
(みんな、僕と同じで、才能がないと判断されたんだ……)
同情と、自分はやはり特別ではないという諦め。しかし、知識を求めているという点では、ある種の連帯感も感じた。
教室には、カビと古い紙の臭いがこもっている。
そして、教壇には一人の男が立っていた。細身で、長い灰色のローブを纏い、顔には深い皺が刻まれている。彼は、冷たい視線でアステルたちを見下ろした。
「遅いぞ、そこの【村人】」男は、低く、砂を噛むような声で言った。
「ひっ……す、すみません!」アステルは反射的に腰を折った。
男はアステルのリュックサックを見て、鼻で笑った。
「貴様ら、才能もレベルもない劣等生の集まりだ。だが、この私、グラードが教える『知識』だけは、最強の剣にも、大魔法にも勝る」
グラード先生は、手に持っていた一本の巻物を机に叩きつけた。
「いいか、【村人】よ。貴様らに与える最初の課題はこれだ。『ジョブ理論の矛盾点を見つけ出し、それを論理的に証明せよ』。期限は一週間。これができなければ、座学すら受ける資格はない。さあ、取り掛かれ!」
アステルは驚愕した。それは、図書館の古書にも「深淵」と記されていた、ジョブ理論の根幹に関わる難題だった。
(矛盾点……僕が今まで読み漁った本の中に、ヒントがあるはずだ。リアを助けるために、僕が選んだ道はこれしかない!)
アステルは、その難題に絶望する暇もなく、すぐにリュックから古書を取り出し、貪るようにページをめくり始めた。彼の目には、もう涙はなかった。




