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泣き虫村人のレベルアップ冒険譚  作者: 砂糖雨


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町への道 初めての小さな危機

湿った土の匂いがする早朝。

アステルとリアは、ついにファーメン村を出発した。後ろにはゴードン団長やリアの両親が立っているが、アステルの方を向く村人は少ない。

アステルは、見送りの輪から少し離れた場所に立つ、痩せた女性の背中をちらりと見た。それが、彼の母親だった。彼女は病弱で、彼の父親は彼が幼い頃に魔物との争いで命を落としている。アステルが泣き虫なのは、体が弱いことに加え、母に心配をかけまいとする過度な緊張から来ている部分もあった。

アステルの家庭は、父を亡くして以来、村からの支援とリアの家の援助で何とか成り立っていた。アステルの【村人】ジョブでの無力さは、そのまま家計への打撃になる。

(ああ、僕はやっぱり、村にとって「荷物」なんだ。そして、お母さんにとっても、守るべき重荷なんだ)

そんな寂しさから、アステルはつい俯きがちになる。彼の肩には、古びた布製のリュックサックが食い込んでいる。中身は着替えと、図書館から借りたジョブ理論に関する分厚い古書が三冊。その重みが、彼に「これは旅であり、遊びではない」と告げていた。

「ねぇ、アステル。いつまで地面を見ているのよ?」リアが明るい声で促した。

リアは【騎士見習い】のジョブ認定を受けて以来、一段と自信に満ちている。彼女はアステルの手を引くと、力強く前を向かせた。

「ほら、見て!ここから町へは、一本道だけど『風鳴りの森』を通るのよ。初めてでしょう?」

アステルは顔を上げた。故郷の森は薄暗く怖かったが、この旅路の森は違った。頭上を覆う葉が風に揺れ、「サー」という高い音が絶え間なく響いている

(リアが隣にいる。それに、僕はもうただの泣き虫じゃない。このリュックの中には、世界を変える知識が詰まっているんだ。)

リアの存在と、知識への確信が、彼の不安を打ち消し、歩を進める力を与えた。

森に入って二時間ほど経った頃、太陽が雲を突き破り、気温が急激に上昇した。

リアは慣れない革の装備と木剣を抱えて歩いていたため、額に大粒の汗をかき始めた。

「あっつーい……!」リアは首筋の汗を拭いながら、腰に下げた水筒を傾けたが、「ゴボッ」と情けない音を立てるだけで、中身はほとんど残っていなかった。

「もう水がないの……?」アステルが心配そうにリアの仕草を真似て、自分の水筒を傾ける。彼の水筒も、ほとんど空だった。

「この先、休憩できる場所まであと一時間はかかるわ。失敗した、村で水を満タンにするのを忘れた……」リアは、初めての旅路での小さな手落ちに、悔しそうな表情を浮かべた。

喉の渇きは、次第に二人の体力を奪っていく。

アステルは、ゴクリと唾を飲み込んだ。口の中がパサパサとして、体の芯から熱が上がってくるような感覚が襲う(このままでは、リアの体力が持たない。騎士見習いのリアだって、喉が渇けばただの女の子だ。もし魔物が出たら、僕を庇う力さえ残らないかもしれない……!)リアの体調不良と、彼女の強さが失われることへの危機感が、アステルに決断を促した。

アステルは立ち止まり、リュックサックを慌てて地面に置いた。古書がドサッと音を立てる。

「アステル、どうしたの?」リアは不安げに尋ねた。

アステルは、道端の小さな水たまりを指差した。森の土埃と枯れ葉が混ざった、濁った茶褐色の水たまりだ

「あ、あれなら……」

「ダメよ!あれは汚染されてる。飲んだら病気になるわ!」リアはアステルが駆け寄るのを慌てて止めた。

アステルは目を閉じ、あの、秘密の小屋での特訓。手のひらに、たった一滴の透明な水を生み出した、あの夜の光景を。(僕には、知識がある。僕には、【村人】の魔法がある!)

彼はリアに向き直り、きっぱりと言い放った。「大丈夫だよ、リア。この水を、綺麗にできるんだ」

そして、リアが止めるのも聞かず、アステルは静かにその汚れた水たまりの前にしゃがみ込んだ。

手のひらを水面に近づけ、深く集中する。頭の中では、『非戦闘職による魔力運用』の古書に書かれた理論が、鮮明に展開されていた。彼の弱い魔力(MAG:1)では、水を生成するのは難しい。しかし、浄化ならわずかな力でも可能だ。

「……【生活魔法:浄水(初級)】!」

アステルの目には見えないが、微細な魔力の波が水たまりに広がる。茶褐色だった水の色が、まるで奇跡のようにゆっくりと透明度を増していく。土埃は沈殿し、水面は鏡のように澄んだ。

「すごい……本当に綺麗になった……」リアは驚きに目を見開いた。

アステルは、安堵と誇らしさが混じった不思議な感覚に包まれた。

彼は、懐から取り出した小さなコップに、その透き通った水を注ぎ、リアに差し出した。

「さあ、リア。飲んで」

リアは、その水を一気に飲み干した。

「おいしい!村の泉の水よりも冷たくて、甘い気がする!」

リアの笑顔が、曇りのない晴れやかなものに変わった。アステルは、その笑顔を見て、初めて自分の存在が誰かにとって役に立ったのだと心から実感した。

(これが、僕の強さなんだ。泣き虫でも、力がなくても、僕には知識がある。僕にも、リアを守れる!)

彼は心の中で誓いを新たにし、誇らしげに胸を張って、再び前を向いて歩き出した。

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