6歳の選択 試される絆
アステルが6歳の誕生日を迎える朝、ファーメン村はいつになく厳かな空気に包まれていた。
それは、村の子供たちが正式なジョブを得る「職業認定の儀式」の日だった。
早朝にもかかわらず、村の中心にある大きな石の祭壇の周りには、村人たちが集まっていた。祭壇の奥には、村の歴史を物語るように風化し、文字が判読できないほど古びた巨大な石碑が立っている。その前には、神官が恭しく魔力結晶の玉座を設置していた。
昨晩からの雨が上がり、石畳は濡れて黒光りし、空には厚い雲が残っていたが、アステルの胸の内はそれ以上に重苦しかった。
「みんな、ジョブを得ていくんだな……」
彼のジョブは、この一年間、秘密の特訓で【生活魔法:浄水】を覚えたにもかかわらず、【村人】のままだ。ステータスもレベルも、成長の気配すらなかった。
「アステル、遅いよ!」
聞き慣れた明るい声が、後ろからかかった。リアだ。彼女は今日のための新しい革製の肩当てをつけ、木剣を丁寧に磨き上げていた。その目には、期待と緊張が交じった強い輝きがあった。
「大丈夫、アステル。もしジョブが変わらなくても、私は変わらずアステルと一緒よ」
リアの言葉は温かいが、その言葉自体がアステルの無力さを突きつけているようだった。リアは間違いく、【見習い戦士】から【戦士】へと昇格するだう。彼女と自分の間に、埋めようのない差が生まれる日だ。
儀式が始まった。子供たちが一人ずつ玉座に座り、神官が魔力結晶を掲げるたびに、その子の才能に合わせた光が放たれる。
「メーベル、ジョブ【羊飼い】!」「トム、ジョブ【狩人】見習い!」
子供たちは歓声を上げ、親たちは誇らしげに目を細める。
そして、ついにリアの番が来た。
リアが玉座に座り、神官が魔力結晶を掲げた瞬間、祭壇の周囲が一瞬で黄金色の光に包まれた。その光は、これまでどの子供からも放たれたものより強く、祭壇の石碑の陰影をくっきりと浮き上がらせるほどだった。
「おお……」村人たちからどよめきが起こる。
神官が厳かに告げた。
「リア・アーヴィング、ジョブは【騎士見習い】!類稀なる戦闘適性と、高い力(STR)を持つ!将来、村を守る要となるだろう!」
【騎士見習い】は【見習い戦士】のさらに上位にあたる、非常に優秀な戦闘ジョブだ。村人は一斉にリアを称賛し、ゴードン団長は満面の笑みでリアを抱きしめた。
アステルは、遠巻きにその光景を見つめていた。リアの輝きは、あまりにも眩しい。
(すごい……リアは、もう僕とは違う世界の人なんだ)
彼は喜びたかったが、それ以上に、嫉妬にも似た焦燥感が胸を締め付けた。自分の目標はリアを守ることなのに、リアは自分からどんどん遠ざかっていく。
そして、残るはアステルだけになった。
沈黙が村の広場を支配する。誰もが、アステルのジョブが【村人】のままだと知っている。儀式は形式的なものにすぎなかった。
「次、アステル・ウッド」神官は、どこか形式的な声でアステルを呼んだ。
アステルはリアの強い視線を感じながら、ゆっくりと玉座に向かった。腰を下ろし、神官が魔力結晶を掲げる。
何の光も、放たれなかった。
玉座に光はなく、魔力結晶はただの石のように静まり返っていた。
神官は結晶を下げ、静かに告げた。
「アステル・ウッド、ジョブは【村人】のまま。レベルの成長も認められず、戦闘適性なし。学校では座学に専念するように」
村人たちは誰も笑わなかった。ただ、同情や諦め、そして一部からは「やはり」という冷たい視線が向けられた。
アステルは、その場から逃げ出したかった。けれど、リアの視線に支えられ、何とか立ち上がった。
儀式が終わり、村人たちが解散する中、リアはすぐにアステルの元へ駆け寄ってきた。
「アステル!」
「……リア、おめでとう。すごいよ、騎士見習いだって」アステルは無理に笑顔を作った。
リアはアステルの手を取り、きゅっと握りしめた。
「ジョブなんて関係ないでしょう?私はね、アステルが村人だろうが、泣き虫だろうが、ずっとアステルの味方よ。私たちは、来週には一緒に町に行って、職業学校に通うんだから」
リアの瞳は、揺らぐことのない強い意志に満ちていた。彼女にとって、アステルはジョブやレベルに関係なく、守るべき大切な存在なのだ。
アステルは涙が出そうになったが、ぐっと堪えた。
(そうだ。僕は【村人】のままだ。でも、図書館で得た知識と、秘密の魔法がある。リアを守るという目標は変わらない。リアが僕を信じてくれている限り、僕は絶対に諦めない!)
アステルは、リアの手を強く握り返した。
村の端、二人を見送るようにそびえる丘の向こうに、これから始まる冒険の舞台となる街の影が、ぼんやりと見えていた。二人の旅立ちの日は、すぐそこまで迫っている。




