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泣き虫村人のレベルアップ冒険譚  作者: 砂糖雨


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秘密の特訓 【村人】が覚える魔法

ファーメン村から北へ歩いて十五分。村人がほとんど足を踏み入れない、古い採石場跡がある。

周囲は背の高い雑草と、苔むした岩に覆われており、昼間でもひんやりとした空気が漂う。風が吹くと、岩肌の隙間を抜ける音が、まるで採石場で働いていた人々の嘆きのように響いた。アステルはいつも、この場所の重苦しい静けさが、自分の心の奥底の無力感と似ているように感じていた。

採石場跡の最奥には、かつて道具を保管していた小さな小屋が崩れかけながら残っている。土壁は剥がれ、屋根には大きな穴が開き、そこから差し込む午後の光が、小屋の中に積もった砂埃を白く照らしていた。

これが、アステルの秘密の特訓場所だった。

アステルは小屋の隅に、図書館から持ち出した古書を広げた。今日のテーマは「初期魔法の発現条件と、非戦闘職による魔力運用」だ。

彼のジョブは【村人】。魔力(MAG)ステータスは「1」。本来、魔法を使うための初期値としては絶望的だ。しかし、彼は『世界ジョブ理論大全』から得たある知識に賭けていた。

「魔力とは、自然界のエネルギーと自己の精神力の同調によって発現する。高レベルのジョブは訓練によりこの同調を自動で行うが、非戦闘職は、特定の行為と強いイメージの繰り返しによってのみ、一時的な魔力の経路を確立できる」

「特定の行為と強いイメージの繰り返し……」

アステルは、本の記述を復唱し、深く深呼吸をした。小屋の中は湿気が多く、彼は喉の渇きを感じた。

「水……水が欲しい」

アステルは両の手のひらを天に向けて広げ、目を閉じた。

(水。冷たい水。あの泉の透明な水。それを、この手のひらに。リアが怪我をしたとき、すぐに飲ませてあげられるような、綺麗な水……)

彼は、水に関するあらゆる記憶とイメージを、飢餓感にも似た強い願望とともに、両手に集中させた。

汗ばんだ彼の額に、力が入りすぎた血管が浮き上がる。全身の力が、手のひらに向かって集中していく錯覚に陥った。これは、魔力とは別の、純粋な精神的な疲労だった。

数分後、彼の全身は汗でびっしょりになり、息切れがひどくなった。彼はそっと目を開けた。

手のひらは、何も変わらない。ただ、湿っているだけだ。

「うう……だめだ。やっぱり、僕には無理なのか……」

またしても湧き上がる無力感に、アステルは唇を噛み締めた。いつものように泣きそうになる。

その時、小屋の崩れた土壁から、一筋の雨漏りが彼の顔に落ちた。泥水混じりのその一滴が、彼の頬を伝い、涙のように見えた。

「ああ、汚い水じゃなくて、綺麗な水が……!」

アステルは、その汚れた雫に対する嫌悪と、渇きを癒したいという純粋な願望が、一瞬でピークに達した。

その瞬間、彼の両手から、チリッという微かな音がした。それは、木々が擦れる音でも、虫の羽音でもない、非常に細かく、内側から発生したような音だ。

そして、広げた手のひらの真ん中、まるで彼の指紋から染み出したかのように、小さな透明な水滴が生まれた。

それは、彼の手のひらの窪みを伝い、親指の付け根に落ちるほどの、極小の雫だった。

「あ……」

アステルは驚きで声を失った。確かに水だ。泉のように冷たく、無色透明な、彼の魔力から生まれた水だ。

彼は震える手で、その一滴をそっと舐めた。

「……しょっぱい」

それは、彼の手のひらの汗と混じり合った味だったが、確かに、魔法によって生まれた証だった。

アステルは喜びのあまり、小屋の中で飛び跳ねた。

「やった!成功だ!僕にも魔法が使える!」

しかし、その魔法は、ゴードン団長が教えるような炎や風を生み出す、戦闘に役立つ魔法ではない。

彼の魔法は、【生活魔法:浄水(初級)】。

ごくわずかな水分を生成したり、その水分から不純物を取り除いて安全な水にするという、地味な魔法だった。

魔力が底をついたアステルは、荒い息を整えながら、再び古書を読んだ。

「極めて弱いジョブは、自己の生存に直結する魔法しか発現できない」

「自己の生存……」アステルは納得した。畑仕事で失敗し、飢えと渇きに苦しんだ彼にとって、一番必要なのは、魔物を倒す力ではなく、生き延びるための水だったのかもしれない。

彼は再び手を広げ、魔力の回復を待つ間、夜空が屋根の穴から見えるまで、熱心にその魔法の訓練を続けた。

誰にも知られない、弱いながらも確かな一歩。

アステルは、この「誰にも気づかれない知識と努力」こそが、自分の【村人】としての唯一の武器だと確信し始めていた。

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