辺境の師匠 戦士の基礎
馬車に揺られること数日、アステルがたどり着いたのは、エルドニアの街から遠く離れた、『荒野の岩窟』だった。
周囲は赤茶けた岩肌がむき出しになっており、ゴツゴツとした砂利の感触が足裏に痛々しく伝わる。空気は乾燥し、土埃の生臭さが喉を刺激した。太陽は容赦なく照りつけ、岩窟の周囲は強い熱気に包まれていた。
グラード先生の地図が示す岩窟の入り口は、巨大な岩が重なり合った隙間にある、見逃してしまいそうなほどの小さな穴だった。
アステルが中に入ると、内部は急にひんやりとした冷気が漂い、外の熱気が嘘のようだ。岩窟の奥からは、鉄を打ち付けるような「カン、カン」という規則的な音が響いていた。
音がする方向へ進むと、開けた空間に出た。そこは鍛冶場兼住居になっており、中央で一人の男が巨大なハンマーを振るい、鈍く光る鉄を叩いている。
男はバルト。分厚い筋肉に覆われた体躯を持ち、顔には無数の傷跡が刻まれていた。彼の体からは、汗と、熱い鉄の匂いが混ざった強烈な男臭さが発せられていた。バルトはアステルを一瞥すると、ハンマーを止め、眉間に深い皺を刻んだ。
「グラードのとこから来た小僧か?どう見ても【戦士】のジョブではないな。せいぜい、【雑用係】か」
バルトは、アステルのひょろりとした体と、彼の背負うリュックサックを見て、軽蔑するように鼻を鳴らした。アステルは、リュックからグラード先生の紹介状を取り出し、両手で丁寧に差し出した。
「アステル・ウッドと申します。グラード先生に、【戦士】の基礎を学ぶよう言われました」
バルトは紹介状を読み終えると、紙をクシャッと握りつぶし、火のそばに投げ捨てた。
「【戦士】の基礎?剣の振り方か?そんなものは必要ない。俺の訓練は、貴様の『頭』には一切関係ない。頭を使ったら、即刻追い出す」(グラードには借りがある。この岩窟で、知識という重荷を捨てさせ、本能で動く強さを叩き込んでやる。)
訓練は、その日のうちに始まった。バルトがアステルに課したのは、「ひたすら木剣で岩を殴ること」だった。
「いいか、小僧。貴様は知識で何を知った?剣術の角度か?力の伝達率か?全てゴミだ」
バルトは、アステルの持つ木剣よりも遥かに太い棍棒で、彼の脇腹を軽く殴った。アステルは「ぐっ」と息を詰まらせ、その衝撃で体が地面に倒れ込んだ。
「起きろ!考えるな!ただ、敵を打ち砕くことだけを考えろ!」
アステルは、立ち上がり、木剣を構える。彼は頭の中で、【戦士】理論の「重心移動と踏み込み」を思い出そうとした。
訓練場でリアが剣を振るう姿は、常に流れるように美しかった。理論では、その美しさこそが効率の良さだと説明されていた。
しかし、木剣を振るった瞬間、バルトの棍棒が再び飛んできた。今回は、アステルの腕をかすめた。皮膚が切れたような激しい痛みが走る。
「何をしている!貴様は、また『どう振るべきか』を考えている!理論で剣を振る奴は、本能で動く魔物には勝てない!考えを捨てろ!痛みを感じ、その痛みより強く殴り返せ!」
バルトの怒声が岩窟内に響き渡り、反響してアステルの耳にガンガンと響いた
アステルは、知識への依存を断ち切れないまま、純粋な肉体的な限界に直面していた。彼の体は悲鳴を上げ、木剣を握る手が小刻みに震えていた。
(痛い……痛いよ、リア……。でも、ここで痛みに耐えられなければ、君を守る【戦士】にはなれない!)
アステルは、汗と土にまみれながら、ただ、目の前の岩を打ち砕くという、最も原始的な衝動に体を委ねようと、泣きそうな顔で木剣を構え直した。彼の【戦士】修行は、始まったばかりだった。




