知識と行動力の融合 最初の成功
風の丘でのミッションを終え、【影のギルド】に戻ったアステルを、グラード先生は無言で迎えた。
先生は、アステルが差し出した薬草を確認すると、満足げに一度だけ小さく頷いた。
「よくやった、アステル。貴様のAGIは合格レベルに達した。
(三日でAGIを3まで上げた。【村人】の固定観念から解放され、体が覚醒した証拠だ。これで、知識を活かす『器』は整った。)
身体能力を上げるのに、貴様の知識は一切役に立たなかっただろう?」
「はい。ただ、ひたすら登り続けました。知識が邪魔になると痛感しました」アステルは正直に答えた。
グラード先生は、今度はアステルに、古い羊皮紙に複雑な記号が描かれた暗号文を渡した。
「次のミッションだ。街で暗躍する小規模な魔導師団の隠れ家に潜入し、この暗号を解読して『ターゲットの居場所』を特定しろ。ターゲットは、彼らが盗んだ古代のアーティファクトだ」
今回のミッションは、これまでの【隠密】や【敏捷性】といった身体能力だけでなく、アステルが得意とする【古代語】や【暗号解析】といった知識が、同時に要求されるものだった。
ミッションの夜。アステルは、街の最も古く寂れた倉庫街にいた。倉庫の壁は煤けて黒く、鉄製のドアは湿気で冷たく濡れていた。
彼は【見習い盗賊】レベル3の【隠密】スキルを駆使し、地面のわずかな凹凸や風の音に自分の気配を溶け込ませた。廃墟での猛特訓のおかげで、もはや足音が立つことはない。
倉庫の裏窓から侵入したアステルは、すぐに隠れ家の心臓部へと向かった。内部は、薬品と埃と、古びた魔力が混ざった、独特の甘い匂いがしていた。
ターゲットの暗号文が置かれた部屋にたどり着く。部屋には誰もいない。アステルは、懐中電灯を取り出し、暗号文を照らした。
(よし、ここからは知識の領域だ)
暗号は、古代語と、魔導師団独自の符文が混ざった複合暗号だった。
グラード先生の授業で、「全ての古代符文は、共通の基本構造を持つ」と教えられた。当時のアステルは、それが何の役に立つのか分からなかった。
アステルはペンを握り、解析を始めた。理論、知識、法則。数時間前まで封印していた頭脳が、爆発的に回転する。
しかし、突然、廊下の奥から複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。魔導師団の団員が戻ってきたのだ。
「くそっ、時間がない!」
アステルは、恐怖で心臓が激しく脈打つのを感じた。
(もう泣き虫じゃない!知識に頼りすぎて行動を遅らせるな!)
彼は、暗号の全てを解読するのを諦めた。
リアを守るという最終目標のために、不完全でも最速で成果を出すことが最優先だと判断した。恐怖を乗り越え、行動を優先した結果だ。
彼は、知識で暗号の「核となる構造」だけを読み解くことに集中した。
(古代語の符文は、必ずターゲットの場所を示す方位詞を含む。そのパターンは…これだ!)
アステルは、暗号文の端に、居場所を示す方位詞と数字を発見した。完全な文章ではないが、目的地を特定するには十分だ。
彼は、暗号文を床に広げたまま、その方位と数字を脳裏に焼き付けると、即座に窓へと飛び移った。
窓の外に飛び出し、アステルは訓練場にいるリアの姿を回想した。
(リアの強さは、迷いのない行動力だ。僕の知識と、リアの行動力。この融合こそが、僕の万能への道だ!)
彼が窓を閉めた直後、魔導師団の団員が部屋に入ってきた。彼らは、散らかった暗号文を見ても、アステルがどこにもいないことに驚愕するだけだった。
翌朝、アステルはグラード先生にターゲットの居場所を報告した。
「場所は、『南東地区の廃教会地下、第三倉庫』です。暗号の核となる方位詞で特定しました」
グラード先生は、驚きを隠さなかった。
「……貴様、全文を解読していないな。だが、たった数行でターゲットを特定した。お見事だ。」
(理論に頼り、全てを理解しようとする癖が消えた!知識は正確に、そして必要な量だけ使う。アステルは、理論と実戦を初めて融合させたな)
グラード先生は、アステルの肩に力強く手を置いた。
「これで、貴様は【見習い盗賊】の初期段階を卒業だ。このミッションの報酬として、貴様のレベルは5に上昇する」
アステルの身体に、再び熱い魔力の波が流れ込んだ。
レベルアップだ。
「そして、次の長期休暇が始まる。貴様は、この街を出て、別の場所へ行け。次のジョブは【戦士】だ。貴様には、知識に頼らず、純粋な戦闘力を上げるという、最も困難な課題が待っている」
アステルは、【盗賊】の知識と、向上した身体能力、そして初めて得た成功の自信を胸に、次の試練へと目を向けた。




