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泣き虫村人のレベルアップ冒険譚  作者: 砂糖雨


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【盗賊】の教訓 知識は実戦の邪魔になる

廃墟でのミッションを終えたアステルは、疲労困憊の体で【影のギルド】へと戻ってきた。

重い木の扉を押し開いた瞬間、冷えた空気と油と鉄の匂いが混じった独特のギルドの気配が鼻を打つ。

そして、受付台の奥。

薄暗がりの中、まるで最初からそこにいたかのように、グラード先生は腕を組んだまま立っていた。

いつ戻ってくるか分かっていたかのような視線が、静かにアステルを捉える。

ローブの下の服は汗で張り付き、廃墟の生臭い埃が体中に染み込んでいる。

しかし、彼の顔には、レベル1のミッションをクリアしたことと、【隠密】スキルがレベル2に上がったことへの、隠しきれない達成感が浮かんでいた。

彼は、廃墟で手に入れた古代の巻物をグラード先生に差し出した。

「先生、報告します。ミッションを完了し、【隠密】スキルをレベル2に上げました。巻物は、古代の罠のパターンに関する記述があり、知識と実戦の融合に非常に役立ちました」

アステルは、自分の行動が知識(座学)と実践レベルアップを繋げたことを確信していた。

グラード先生は巻物を一瞥すると、それを机に投げ捨てた。巻物が「パサッ」と音を立てて広がる。

「フン。レベル2だと?笑わせるな」

「目標を達成したのは認める。だが、貴様は三日もかかった。一般的な【見習い盗賊】なら、半日で済ませるミッションだ」

(巻物を手に入れるためだけに三日。これは、知識に頼りすぎて、一歩踏み出す行動力が失われている証拠だ。知識は速度を落とす枷になりかねない。)

アステルは、グラード先生の予想外の厳しい言葉に、背筋が凍るのを感じた。

「し、しかし先生!私は理論に基づき、最も安全で確実な方法を選びました!罠の回避も……」

「罠の回避だと?貴様は、罠を避ける前に、罠が何であるか、どれだけのリスクがあるか、その全てを理論で理解しようとしていただろう」

グラード先生は机を叩いた。

「いいか、アステル。実戦において、知識は邪魔になることがある。貴様は罠の論文を読んでいたからこそ、『跳ぶべきではない』という理論に囚われ、行動が一瞬遅れた。もしそれが魔物だったら、貴様は既に死んでいる」

アステルは、廃墟で鉄格子が目の前で突き刺さった時の恐怖の感触を思い出した。あの時、体が動かなかったのは、罠の危険性を頭で理解しすぎて、行動が麻痺したからかもしれない。

(僕はまた、知識という名の「泣き虫」に逃げていたのか……。最弱だった頃、リアは何も考えず、ただ僕を守るために飛び出してくれたのに)

知識が自分の強みであると信じていた分、それが逆に命取りになるという指摘は、彼のアイデンティティを揺るがすほどの衝撃だった。

グラード先生は、アステルの動揺を一瞥し、次のミッションの指示を出した。

「次のミッションは、街の南西にある『風の丘』へ行き、特定の薬草を盗み出すことだ。そこには、罠も敵もいない。いるのは、一本の巨大な古木だけだ」

「罠も、敵も……?」アステルは困惑した。

「そうだ。だが、その古木に登り、葉を手に入れるには、【身体能力(AGI)】のレベルを上げる必要がある。貴様の持つ知識は、一切役に立たない。貴様が知っている登り方の理論も、薬草学も、全て捨てろ」

グラード先生は冷たく言い放った。

「ただ己の体と感覚だけを信じ、スキルレベルを上げろ。貴様の頭の中にある『理論』という重荷を下ろす訓練だ」

(真の万能とは、知識を忘れても体が動く状態を言う。このミッションで、彼が「考える前に行動する」という盗賊の基礎を体得しなければ、次のステップには進めない。)

ギルドを出たアステルは、頭を整理するために職業学校の訓練場の近くを歩いた。

そこで、リアが一人、日が傾きかけた夕日のオレンジ色の光の中で、剣の素振りを続けている姿を見つけた。リアの額からは湯気が立っており、一瞬の素振りにも真剣な気迫がこもっている。彼女は、誰にも見られていない場所で、純粋に強くなるための訓練を続けていたのだ。

(リアは、何も考えずに、ただ強くなることだけを目指している。知識なんてなくても、その行動力と強さで、確実にレベルを上げている)

アステルは、遠くからリアの姿をじっと見つめ、その強い意志に改めて心を打たれた。

「……そうだ。まず体が動くようにならなければ、知識はただの評論で終わる」

アステルは、心に決めた。次のミッションでは、頭の中に知識の古書を封印する。彼は、リュックから古書を抜き取り、寮の自室の最も深い引き出しに強く押し込んだ。

彼は、知識という重荷を捨て、レベル1の【見習い盗賊】として、ただ身体能力を上げるための新たな試練へと向かった。


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