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コンダクターはコマンダー  作者: 双鶴


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2/7

1話

午前8時45分。

音楽棟地下のリハーサル室——通称「戦闘指令室」。

空気はすでに火薬のように張り詰めていた。


指揮者・陣内奏一は、譜面台の海を見渡しながら、深く息を吸った。

その眼差しは、戦場を前にした将軍のそれ。

彼の手には、指揮棒——いや、戦術指示棒。

今日の作戦目標は、ベートーヴェン第7交響曲・第1楽章。

通称「疾走の交響爆撃」。


「全員、配置につけッ!!」

怒号が響く。

譜面台がガタつき、椅子が軋み、楽器が構えられる。

——だが、誰も動かない。


「え、今日って10時からじゃなかったっけ?」

「昨日のLINE、見てないんですか?」

「てか、私、今日バイトあるんで途中抜けます」


敵は、すでに内部にいた。

遅刻兵、離脱兵、情報錯乱兵。

指揮者は、眉間に皺を寄せる。


「この部隊に、時間という概念はないのか…?」


彼は、譜面を開く。

そこには、音符という名の兵士たちが整列していた。

だが、演奏者たちはまだ戦闘態勢に入っていない。


「テンポ=120。アレグロ・アサルト・モード。第一小節から、突撃開始だッ!」


指揮棒が空を裂く。

——開始。


ティンパニが炸裂。

まるで榴弾砲。

トランペットが進軍ラッパを高らかに吹き鳴らす。

ヴァイオリン隊が疾走する。

弓が空を切り、弦が悲鳴を上げる。

クラリネットが撹乱工作を仕掛け、ホルンが空を制圧する。


だが——


「え、今って何小節目?」

「私、譜面落としました」

「テンポ早すぎて指が死にます」


爆弾発言、着弾。

内部分裂、勃発。

指揮者・陣内、孤軍奮闘。


「撃て!撃て!撃ち続けろ!そこはppじゃない、ffフォルティッシモだッ!!」

「ヴィオラ隊、沈黙するな!貴様らは中音域の要だッ!」

「フルート隊、空挺部隊だろ!もっと高音で空を制圧しろ!」


彼の指揮棒は、まるで戦術マップの指示棒のように空を切る。

その動きは、軍事衛星の軌道計算のように緻密で、時に狂気じみていた。


そして、突如——


「指揮者って、必要ですか?」


その一言は、核弾頭だった。

発言者は、ティンパニの男・神崎雷人かんざき・らいと

自称・天才打楽器奏者。

髪は赤、服は黒、性格は爆発。

彼は、指揮者の存在意義に疑問を呈するという、音楽界最大の禁忌を口にした。


「俺のリズムは、俺の魂が決めるんで」


——反乱軍、出現。


陣内は、静かに指揮棒を下ろした。

そして、言った。


「ならば、お前の魂に、俺のテンポを叩き込んでやる」


その瞬間、空気が変わった。

戦場の音が、静寂に包まれた。

全員が、指揮者の目を見た。

その目は、戦場を制する者の目だった。


「俺は、コンダクター。だが、同時にコマンダーだ。

この戦場をまとめるのは、俺しかいない。

音楽は、祈りじゃない。命令だ。

テンポは命。遅れは死。

さあ、戦闘を続けるぞ。次は第32小節。

全員、撃てッ!!」


そして、再び音が爆ぜた。

ベートーヴェンが、戦場に降臨した。

音楽は、戦争になった。

そして、指揮者は、コマンダーになった。


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