Lesson5 配管からの流体X
先程ポリンキー伯爵は生まれて初めて生命の危機を感じていた。
あと少しで結界の破壊が完了するというところにミイから奇襲を受けたのだ。
無論、ただそれだけならば、一瞬で回復する。そのはずだった。
だが、実際に感じたのは傷の治る感覚ではなく、灼熱。ポリンキーは自分の苦鳴というものを生まれて初めて聞いた。
「な゛……っ、ご、ごれはぁ、た、太陽!?」
肉体を切り裂かれるのとも骨を砕かれるのとも違う、耐え難い激痛が神経を直撃する。
その時ポリンキーが選択したのは『逃走』だった。再生は遅いが、逃げ足は早い。そしてーー
「ははは、ざ、残念だったなぁ。今晩が満月でなければ勝敗は逆だったかもしれんね!」
逃走しながら回復と情報把握に努めたポリンキー伯爵は現在、徐々に冷静さを取り戻しつつあった。
目の前の人間は自分にとって天敵ともいえる凄まじい能力を持っていたが、満月の加護を受けた自分の再生力の方が受けるダメージを僅かに上回っていることに気がついたのだ。
満月に限定したことではあるが、吸血鬼の『始祖』であるポリンキーのタフネスは、究極生物の一歩手前という域まで高められていた。
ならば、この状況下で『相手の最も嫌がること』は何かといえば、最強のパワーとタフネスをもつ姿となり、自らもダメージを負うことを覚悟して攻撃を仕掛けることである。
「噛み殺してやる!!」
追ってきたミイを迎撃すべく、ポリンキーは身体を巨大な黒狼に変化させる。
再びミイからの攻撃を受け、激痛に苛まれながらも、ポリンキーは『パチンコ・マン』の右半身に噛みついた。プレス機で押し潰すかのごとき噛みつきにより牙が肉に食い込み、骨が軋む。
『パチンコ・マン』とリンクしているミイの表情が激痛に歪んだ。
(勝った!)
ポリンキーはそう思った。しかしーー
「そう、来るか……と、思っていたわ!」
その状態から『パチンコ・マン』は左足一本でポリンキーごと跳躍。そして、左手で落下点に大量のパチンコ玉を射出し地面との摩擦を限りなくゼロに近づけた。
ジャララアァ〜
その場所は、なだらかなくだり坂になっていたこともあり、大量のパチンコ玉に乗った二人はまるで氷の上を滑るかの様に城下を移動していく。
(なんだ、どこに移動している!?何が目的なんだ)
「アナタは、次に『なんだあの赤いものは』と考える」
(なんだあの赤いものは……ハッ!)
異世界からやってきたポリンキーが知らないのも無理はない。それは、火災用に設置された『屋外消火栓』!
激突。
同時に『パチンコ・マン』が消火栓を破壊すると、毎分350リットルにもなる激流が吹き出した。
それは吸血鬼の弱点!
不死性を浄化する『流水』!
大きな水柱が真上に上がり、その後頭上から雨の様に降り注ぐ。さらに、噛みついた口の中からは太陽のエネルギーを流し込まれる。
そのダメージは遂に再生力を上回り、生命の危機に瀕したポリンキーは……噛み付く力をいっさい緩めてはいなかった!
(わ、私に元気を与える、素敵な『応援歌』を!)
激痛に苛まれるミイの口から、僅かながらも確かに苦悶の呻きが漏れる。
(い、いいぞぉ。ここでパニックになり、蝙蝠にでもなろうものなら相手の思う壺。大丈夫だ、私の命が尽きるよりも、コイツの身体を両断する方が早い。)
戦闘で大切なのは『相手の最も嫌がること』をやる事。それを自分相手にやってのけた眼前の女は恐るべき相手だったが、最後の最後、種族差による自力でこちらが上回った。
勝利を確信し、最後の一押し。
バン!!!
と、落雷のような音が聞こえた。
それはミイの『パチンコ・マン』を両断した音
ーーではなかった。
「貴方、今『油断』したわね」
気づけば、巨狼となったポリンキーの胴体に巨大な風穴が空いていた。そこから感じたのは傷の治る感覚ではなく、灼熱。
大穴の開いた胸を中心に全身が溶け始め、煙を上げて灰になっていく。
「ギッ……ィヒィィィイイ゛イイ゛ッ!!?」
その悲鳴がポリンキーの発した最後の言葉だった。
To be continued...