Lesson3 応援歌と共にあらんことを
ぺルラは荒い呼吸を整える様に努めながら相手を観察していた。
「他の者は数人がかりで稚拙な結界を維持するのがやっとな所を見るに、どうやら、君がこの地の勇者ような存在らしいね。」
カイゼル髭にモノクル、そこだけを見れば老紳士と言った風貌だ。しかし、その裏には高位の吸血鬼さえ従えるカリスマと、それ以上の暴力性を持っていることが見てとれた。
「そしてそれほどの力を持ちながら、生娘とは……なんともそそる。見た目も悪く無い。どうだろう、我が虜とならないかね?」
そしてペルラは性的な意味で目をつけられたようだ。
消耗が激しいとはいえ、先程の激闘をみてなお、眼前の存在は彼女を脅威として見ていないことが見てとれた。既に生殺与奪の権を握ったつもりらしい。
「ただでさえ短い寿命を、これ以上無駄に縮めることはあるまい。私の虜となれば、今まで聴いたこともない様な、素敵な『応援歌』を聞かせてあげよう」
「ハァ、ハァ…『応援歌』ですか……」
絶対にろくでもないものだからやめておけと本能が囁くが、ペルラには呼吸を整える時間が必要だった。
嫌悪感を露わにした表情で水をむけられたポリンキーは、恍惚の表情でこう語り始める。
君は闘争に勝つ秘訣を知っているかい。それは単純なことさ、『相手の嫌がることをし続ければいい』んだよ。
つまりーー
「『悪意』、強い『悪意』こそが、闘争を勝利に導くんだ。私はそうやって何千年と勝ち続けてきた。そんな日々を送るうちに、悪意を以って他者を苦しめる事が『三大欲求』に等しい程に大好きなったんだよ。」
そう、私にとっての『応援歌』はねーー
「人間の『苦悶の声』や、『絶望の悲鳴』なのさ。聞いていると、とっても、とっても、元気がでてくるんだ。女勇者が我が虜となればこの世界の住民達は『絶望』するだろう?つまり、そういうことさ。」
そうか、とペルラは了解した。
コイツとは根本的なところで相容れない。種族差や文化的差異なんてチャチレベルではなく、ゲロ以下の匂いが漂う、『吐き気を催す邪悪』だ。
ペルラは遥か眼上に佇むその吸血鬼に向けて無造作に歩みを進めた。
「降伏すれば私の命は助けてくれるんですか?」
「勿論だとも、それでいい。私の足元に跪きなさい。生き永らえるには、賢い選択――」
「だが断る!」
「ナニッ!?」
ペルラは思う。長生きだけを願うなら、人間などしみったれた、ただの原始人にすぎない。
例え短くとも、知性を持ち、ただ一筋の美しき道を駆け抜け、『さよなら』を言う存在こそ『人』という。
「『悪意』が、聞いて呆れるッ!貴方、『油断』しましたねッ!!」
ペルラは生命エネルギーで強化した身体で高く跳躍!眼前の吸血鬼に対して痛恨の一撃をーー
「いいや、お膳立てさ」
放とうとした所で、側方から衝撃を受けて吹っ飛ばされた。肋骨が数本折れる、城壁に激突し息が止まる。
「がはっ……なっ?!」
「貴女、『油断』しましたね。」
ニタニタと嗤うポリンキー。
衝撃を受けた際、この男は間違いなく動いていなかった。
それで、まさか……と衝撃を受けた方向を見ると、先程やっとの思いで斃した吸血鬼と同等の力を持つ『純血種』がいた。
最も無防備となる攻撃の瞬間を狙った、伏兵からの不意打ちだった。
「言ったろう、『人の嫌がることが大好き』だって。さあ、ここからは二対一だ。せいぜい素敵な『応援歌』をきかせてくれたまえ」
絶望的な第二ラウンドの幕開けだった。
★★★
戦況は実に絶望的だった。
消耗した現在、眼前で相手取っている『純血種』だけでも手にあまる相手なのだ。だと言うのに
「そらそら、避けないとすぐ死ぬぞぉ!」
遠方からポリンキーが凝固させた血液の弾丸まで飛ばしてくる。即死しないのが不思議な状況だが、それはペルラを長く苦しませるために、全力で回避してなお浅い傷を負うギリギリのラインをポリンキーが見極め、手加減をしているからにすぎなかった。
強引なリードで死の舞踏を踊らされ、ペルラの衣服は既に赤く染まっている。折れた脇腹が痛み呼吸もままならない。
(頑張れ、ペルラ頑張れ!私は今までよくやってきた、私はできるやつだ、それにまだ負けが確定したわけじゃない!)
しかし、そんな状況にあってなお、ペルラの心は折れてはいなかった。己を叱咤し心を燃やす。
(ミイさんは独特の雰囲気があった。もしも、狼男達を退けていて、もしもこちらに加勢にきてくれて、もしも少しの間でも『始祖』を足止めしてくれて、私がこの『純血種』を斃した後、二人で共闘できたならーー)
わかっている。それだけの『もしも』など可能性はゼロに等しい。しかし、諦めたらその瞬間に敗北は確定してしまうのだ。
「ああ、ちなみに加勢は期待するだけ無駄だぞ。もう一人の女の方にはもう一体いる『純血種』を向かわせたからな。少しばかり長引いている様だが、そろそろ戻って来るころだろう。」
ブラフだと信じたかった。しかし、ポリンキーの余裕の表情がそれが真実だと告げていた。
そして、それに動揺した一瞬の隙に、ペルラは血の弾丸で左足を潰されてしまう。
さらに、バランスを崩したところに『純血種』の攻撃。『銀の戦士』で必死にガードするが、吸血鬼の腕力により一気に数十メートルも吹っ飛ばされた。さらに最悪なことに装甲を脱いで防御力が低下していたので、左腕まで潰された。
『銀の戦士』とペルラの身体はリンクしている。これにより、己が単独で『純血種』を撃破したのちミイと共闘すると言う勝ち筋まで消えてしまった。
「君は単純な痛みでは中々悲鳴をあげないね。ふふん、ベーネ。そんな女を犯す方が、逆にそそるというものだ。後で錆びた鋸で四肢をゆっくりと切り落としてから、他人の虐殺現場を見せてあげることにしよう。」
右半身も潰してから捕まえておけポール。
私は結界を破壊しに行く。
そう言って吸血鬼は二手に分れた。命令された『純血種』が単独でゆっくりと眼前に迫って来る。
「後は死ぬより辛い拷問の日々だ。精々素敵な『応援歌』をポリンキー様にきかせるんだな。」
眼前で手刀を振り上げるが、ペルラにもう状況を覆す力は残っていない。そしてーー
「随分と悪趣味な『応援歌』ですのね。」
声が聞こえた。
もう聞くことは叶わないと思っていた、ミイの声だった。
声のした方をみると、ミイがいた。彼女のところもまた、間違いなく激戦だったのだろう。ところどころに軽く血が滲み、祭服は深く破れ、下に着込んだ杜王町オーソンTシャツのロゴが覗いている。しかし、深手を負ってはいない様だった。
「何故だ!?ベルはどうした」
「どうしたと思います?」
「質問を質問でかえすなぁー!」
動揺し、激昂した『純血種』が超スピードで殴りかかって来る。しかし、その攻撃は途中で止まった。
「なっ!?」
「幾つになっても学ぶことはありますわね」
何かが、吸血鬼の腕も掴んでいる。
それは、ペルラの『銀の戦士』と同様、生命エネルギーが具現化した異能像だった。
しかし、その風貌は騎士然とした『銀の戦士』とは似ても似つかないものだった。
その異能像はニット帽に金縁のサングラスを装着、さらに上髭まで生やしており、日本であれば『輩』とさえ言われそうな様相を呈している。淑女然としたミイには似つかわしくないよう風貌だったが、それは間違いなく、先ほどの戦闘で命の危機に瀕し走馬灯を見たミイが、彼女の人生の『応援歌』を思い出し発現した能力だった。
「私の方に来た吸血鬼は、新しく目覚めた能力で滅しましたわ。」
ミイは日本の旧家の令嬢として生まれた。
型に嵌められるように厳格に育てられ、閉塞感の漂う思春期。そんな時にたまたま観た、アジアからスターを発掘する番組。
審査員への大切なアピールの場であえて『その曲』を選び英語で熱唱したDJの自由な生き様は、当時のミイには黄金に輝いて見えた。その時感じた、人間をなめ襲ってきたボス猿を蹴り飛ばしたときのような爽快感は、彼女の人生に多大な影響を与えた。以降その曲は彼女の人生の『応援歌』となり、この土壇場でも再び彼女に力を与えてくれている。彼女の脳裏に鳴り響く、その曲の名はーー
「この、『パチンコ・マン』の力でね!!」
To be continued...