第92話 まずは……過程から
季節外れの雨、冷たい空気。
ファミリー長室。
書類仕事をエクシーとやっていた。
ノックの音。
「ユウトさん、ちょっと良いかな?」
マルネロと、後ろからミラベル。
その目に、はっきりとした闘志が宿っていた。
おれが言った。
"できっこ無いを超えてみろ!"
そこから、1週間。
「あぁ……答えは見つかったか?」
うなづくマルネロ。
はぇーよ。ほとばしる才能よ。
「じゃあ、お聞きしましょう?!」
テーブルにマルネロとミラベルを通して、おれはエクシーと並んで目の前に座った。
*
ゴクっとお茶を一口飲むマルネロ。
口を開いた。
「僕の"できっこ無い"は……。
貧乏を無くすこと」
上目遣い。
「あぁ、それをどうやって超える?」
「読み書き、計算をみんなに教える」
「そうだな……それも一つの答えだ」
少しショックを受けているマルネロ。
すかさずフォローする。
「いや、答えは何通りかある。
そう……おれは思ってる。
全部を答えとして用意する必要は無い」
少し空気がほぐれる。
「だから、貧乏を無くす。
――それで、貧乏を無くすために、読み書きと計算を教える。
うん、いいじゃないか?!」
顔に笑顔が浮かぶ。
「どうして、そう思ったんだ?」
今後の為に、過程も聞いておきたい。
……テーブルの上を眺めるマルネロ。
ミラベルが。バシン!と。
背中を叩いた。
マルネロの背筋が伸びた。
「この歳で、親に聞くなんて恥ずかしいけど、母さん達に聞いたんだ」
少し言い淀む。
「ユウトさんも……ご存知の通り……母さん達は貧乏だったからさ」
うなづくおれ。
マルスさんの5人の奥さんは、みんな貧乏で困ってた、シングルマザー。
「読み書き、計算ができれば、騙されなかった……最初の夫も戦争にいかずに済んだ……
商売を始められたって、まとめると読み書き計算にたどり着いたんだ」
うなづくおれ。過程も悪くない。
「じゃ、次の質問だ。
読み書き計算を教える方法は?」
具体的に考えれているか?
「ファミリーに、学ぶ施設を作って、貧乏になりそうな人を集める」
おお、学園計画か?
「その費用は?その子達の滞在費は?」
「結局、今やってることと同じだったんだ」
苦笑いするマルネロ。
「セレナ母さんの革細工。
シャイン母さんの農業。
フローラ母さんの香水作り。
ローズ母さんのワイン作り」
負けを認めるような一息。
「そして、ベルナ母さんの孤児院と同じ教育システム」
「みんな、ユウトさんが作ったシステムね」
ミラベルが笑った。
「答えは、もうあった。提示されてた」
悔しそうなマルネロ。
そとの雨風の音は収まってきていた。
「まぁ……おれが作ったシステムと少し違う。だから、それはマルネロの答えさ」
おれがやってきた本質を認めてもらえて嬉しくなる。
「おれは、“貧困に落ちた人”を救う仕組みを作った。
でもな、マルネロ――お前の計画は"貧困に落ちる前に学ばせる"」
「……はい」
「それがもう、大志が違う。
お前のほうが、はるかに立派だよ」
マルネロの目が大きく見開かれる。
「……いままでやってたのは、人に言われてやってただけ。
本質的に、自分で選んでなかったんだ。
今回の事で、自分で選んで、おれを超えていくんだ」
「まだ、学ぶ場所できてないけどね……」
苦笑いするマルネロ。
そう、コイツは構想と、実践に壁があることをちゃんと理解している。
だから、間違い無い。
「ひとつだけ、アドバイスだ。
読み書き計算は必須スキルだ」
目を見て話す。
「他と混同するな。
むしろ、読み書き計算さえできれば、どこに行っても食いっぱぐれない。ただな――学びながら金にはならん」
理解できてるな?よしよし。
「逆に、革細工ができても、ワイン作りができても、読み書き計算ができなきゃ、どこかで必ず詰む」
静まり返る二人。
「読み書き計算と、仕事のスキルをごっちゃにしないで、両方の力をつける場所になればいいんじゃ無いか?」
納得して、晴れやかな顔をする二人。
これ、マルネロに課した、卒業試験だったんだが。答えを出しちゃったか?
外の雨風は止み、晴れ間が見えだした。
ファミリーに、一つの“時代の終わり”が、静かに訪れようとしていた。
*
一週間後の創業メンバー会。
『学び舎構想』立ち上げと共に、おれからマルネロへリーダー交代を発表。
ミラベルの補佐、おれとエクシーの相談役を条件に、リーダー交代は静かに受け入れられた。