第91話 マルネロの外
漂う木の樽の匂い。
お茶の香り。
「あぁ……問題無いよ。
今年もいいワインになりそうさ」
マグカップを持って、すーっと笑うローズさん。
「よかった」
「ユウ坊とエクシーに真っ先に飲ませてあげるよ」
その顔に。
この人、上品に見えて、結構、下世話だよなーー心の中で笑う。
ノックの音。
扉が開いた。
「ユウトさん、いる?」
マルネロ。
「おぅ……どうした?」
「ちょっと、相談に乗ってもらいたくて」
*
薄暗く、しんみりと冷たい空気。
ワインの貯蔵庫、樽が並ぶ。
幕が下りた舞台、そんな静けさ。
「おぅ?それでどうした?」
「あのさ……外に出たいと思ってるんだ」
顔を伏せるマルネロ。
「そうか……マルスさんにも、お前の希望を優先してくれって言われてたからな」
「うん……たださ。
ミラさんの事を想うと……どうしたらいいか、判らなくて」
なるほどな。
二人の交際は前から知っていた。
「結婚したい気持ちもあるけど。
でも、まだ挑戦したい気持ちもあるし」
彼の言葉に心の中でうなずく。
「結婚と、挑戦な」
真剣だから悩むんだな。
少し、自分の頭をクリアにするように、斜め下を向く。
彼の未来、二人の未来。
「マルネロ……普通な、選択肢にはメリットとデメリットがある。
メリットだけ受け取りたいってのは、
まぁ、"わがまま"だ」
重く言わないように、軽く笑顔を作る。
顔色が曇るマルネロ。
「だから、悩んでる時は、わがままになってないか、考える必要がある……」
うつむくマルネロ。
「ただ、今回は……まぁ、ラッキーだ」
顔が少し明るくなる。
「外ってのは、心じゃないか?」
キョトンとするマルネロ。
「できっこ無いって、決めてる心じゃないか?」
幕が下りた舞台におれの小さな一言。
「“できっこない”を超えてみろ。
お前が本当に――やりたいことは、なんだ?」
*
食堂。
「……って、ユウトさんに言われちゃってさ」
顔にポジティブが溢れているマルネロ。
自然と口角が上がる。
「ふふふ、それで、マルネロは何をやりたいの?」
「それが判って無いんだ」
笑うマルネロ。
「それじゃ、お姉さんは外に出るのも、OK出来ません!」
からかうような口調になってしまう。
「判ってるよ、それくらい。
ミラさんから見て、僕はどうしたらいいと思う?」
「うん……マルネロは、マルスさんみたいに、とにかく稼ぎたいって感じゃないよね?」
思い出す、マルネロの父、世界ナンバーワン商人。稀代の天才。
「そうだけど、僕だって、親分並みに稼げるよ」
「判ってるわ」
そう、この子は父を超える、あふれ出す商才の持ち主。
豪胆さ、ピカ一な交渉力、地道さ――。
それに、まだ二十一で、人をまとめられる懐の深さ。
世界一の商人の"忘形見"
それがマルネロ。
「僕は、困っている人をほって置けないんだよね」
少し違う、違和感……なんだろぅ。
「違うと思う。
マルネロは貧乏な人には優しいのよ」
「貧乏……」
私には答えがわかった。
「貧乏を無くす……できっこない」
心に響く、ユウトさんの声。
(それを超えろ!!)
「貧乏を無くす……できっこないを超える、
おれは貧乏を無くしたい!!」
特大の闘志が彼に灯った。