第90話 次へ
煮え切らない空。曇りに晴れ。
おれは眼下をボーっと眺めていた。
「ここでしたか……?」
エクシーが小さく笑いながら、ゆっくり隣に座る。
思い出す。
ジャガイモを孤児と一緒に掘った事。
あの土の匂い。
未亡人の女性達とブドウの汁で服を染めながらのワイン作り。
その時の笑顔。
エクシーが毛布をかけるように後ろからハグしてきた。
「ユウトさん、知ってますか。カイラ、結婚しますよ?」
「え……誰と?」
「人も増えましたね……」
「おれの知っている人?」
ファミリーの名前、全員は覚えきれていないけど……。
心の穴を埋めるようなエクシー温もり。
「はい……ミノックさん」
ああ……師匠か。
小さく笑う。
「いいかもな……師匠、裏表ないから。
あのカイラも素でいられるのかもな」
風が優しい。
「明るいですよね、ファミリー」
「そうだな……」
リーダーとして、決断する仕事は増えた。
でも、やりがいもあった。
胸の奥が暖かいのは、彼女の毛布のような抱きしめ方だけではなかった。
*
その日の夜、マルネロ。
腕がしびれている。
裸の胸元で寝息を立てるミラベル。
フー。小さく息を吐く。
眠れない……。
思い出すのは、イーストテリアに旅立つ日のリリスの顔。
"お前も頑張れよ" そう言って、ファミリーを去る日に肩をバンバンと叩いていったダンさん。
遺言も残さずに逝ってしまった、親分マルス。
……このままでいいのか?
焦る心。
リリス、ダンさん、置いていかれたく無い。
そして、いつの間にか親分のように死ぬのか?彼ほどの功績を残せずに?息子のおれが??
胸の奥に刺さって、眠れない。
動く手応え、彼女がゆっくり目を開ける。
「どうしたの……?」
「眠れなくて……」
小さく笑う彼女。
「話してみない?」
静かな寝室に、小さく魔力灯の光が広がる。
「ミラさん……僕、外に出てみたい」
「外って?」
小さく唾を飲む。
「デュランダルトの外に出て、勝負したいんだ」
小さく、笑う彼女。
「それだったんだ……なんか、悩んでるな?って」
ゆっくり愛おしそうにマルネロの胸元に顔を近づける。ミラベル。
「マルネロ、私、今、26だよ」
「……うん」
「あと数年したら、子供もできづらくなる……」
「……わかってる」
「ね、愛おしい人の子供が欲しいのって、本能なのかな?」
ミラベルの手が優しく、マルネロの顔を撫でる。
その顔は優しく、そして柔らかく眉が下がっていた。