表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠 ♾️ バディ無双 〜爆弾娘と不器用勇者の旅〜  作者: アキなつき
第五部 無双のスローライフ〜人助けと共に〜
90/97

第89話 挫折を知った天才は立ち上がる


大事な話がある。その一言に、どこか寂しさの予感があった。

久しぶりの小鳥亭。


ふんわりとした魔力灯の明かり。

厨房から漂う、スープの香り。

木の床が、人の気配に合わせて微かにきしんでいた。


エクシーはグラスの脚を細い指でそっとなぞっている。

ダンはワインの残りを飲み干し、グラスをコトンと置いた。


「ファミリーを辞めようと思う」


静寂が、空間を包み込んだ。

遠くで女将が皿を置く音だけが、妙に澄んで響いた。


「……あぁ……わかった」


驚きはなかった。どこかで予感していたから、自然とうなずく。


ダンの指先が卓上の木目をなぞって止まる。

エクシーが視線を向けた。その目には、やさしい気づかいがある。


「ごめん。――残念だよ。ほんとに」


おれが言い直すと、ダンの口元がわずかにゆるんだ。


ダンはファミリーのために尽くしてくれた。

孤児たちに勉強を教え、リリスにはイーストテリアで困らぬよう、貴族教育をがんばってくれた。


「きっかけは、リリスか?」


「あぁ……あの子、すごいな」


戦争で母の不幸な死を目撃した絶望のユリの花。

カイラと寝室が一緒になってから、みるみる回復して、今じゃイーストテリアの執務官見習いだ。


「僕も……もう一度……」


詰まりながらも、彼は言った。


「もう一度、貴族になれるかな?ってさ」


前を向くその横顔に、決意が宿っていた。


「いいんじゃないか?」


「え……笑わないのかい?」


「なんで?」


エクシーがフォローを入れる。


「ユウトさん、それは……こっちの貴族はニホンとは違って、身分の壁がありますよ?」


「そんなの、平民を黙らせるための方便だろ」


「これだもんなぁ……」


ダンが苦笑する。


「もし、あれだったら、イーストテリアに紹介してあげようか?

イケメンで優秀、花婿にはピッタリって」


「ありがとう。でもさ、今度は自分の力を試してみたいんだ」


彼の目に、はっきりとした光が灯っていた。


「リリスに負けたままじゃ、悔しいのか?」


「ほんと、ユウトさん、デリカシー無いよなぁ……」


それでも、前と違って、彼は自分の弱さを自然に認められるようになっていた。


「うん……あの子に教えていたけど……あんな賢い子に初めて会った。

一度教えたことはすぐに覚える。ソロバンはファミリーで一番早かった。

しかも“真面目”。多分、彼女が男なら、剣でも負ける」


苦い表情の奥で、その瞳はまっすぐ未来を見据えていた。



「それで、身分の壁を越えていった。

僕は僕で、越えてみせるさ……」


静かな店の、静かな決意。

かつては弱さに目を背けていた男が、今は正面から向き合っていた。

天才が初めて、敗北を認めた瞬間だった。


おれはダンのグラスにワインを注いだ。


「じゃ、ダン君の出陣にカンパイだな!?」


「なんだよ……それ?」


ダンが笑いながら顔を向ける。


「うちの故郷の応援の儀式なの。……ほら、カンパイ!」


小さく杯を合わせた。

ボトルのワインは減って、ほろ酔いが心地よかった。


「それで、“戦争貴族”と“執政貴族”、どっちになる?」


「戦争貴族って言ったら、反対する?」


「うーん……戦争は嫌いだが、それはおれのエゴだし。

守る戦争貴族がいないと、何も始まらないしな」


「そうなんだ。てっきり反対すると思った」


「まあ、そうなると徹底的に強くなって……あとは戦術系を覚えるか?」


「うん、戦術系の勉強は、セントラルの知り合いに頭を下げるよ」


プライドの高い彼が、頭を下げて地道に努力すれば――きっと強くなる。


「なあ、ティガース(獅子馬)に乗る練習、しなくて大丈夫か?」


ふと、心配になる。


岩場が苦手なティガースは、デュランダルトでは珍しい。

平地や森で映える“戦の華型”。


「デュランダルトを出てから考えるよ」


強い貴族は皆、強いティガース乗りでもある。


「うーん、めちゃくちゃ不利じゃないか?」


おれは思う。ダンの身体はすぐに感覚を思い出すだろうが、筋肉が騎乗向けにはなっていない。


ティガースの訓練だけ、イーストテリアに頼めないだろうか。

彼は嫌がるかもしれないが――


「ふふふ、ユウトさん。ティガース乗りに優れた部族がいますよ?」


エクシーがにっこりと笑う。


「え……?」


「ヒントは、バンジー!!」


おれは思い出す。飛び込み勝負。


「あ……豚エルフか?! ティガース潰れね??」



――彼の部屋の“表札”が無くなり、六ヶ月が過ぎた。

その部屋はぽっかりと、開いたままだった。


いろんな香りが漂う調香室の前で、フローラが寂しそうに聞く。


「ユウ坊、まだ新しい人は来ないの?」


エクシーもそっと眉を下げる。


「ああ。ダン君の紹介状を持ってくるはずだ」


「やっぱり彼じゃないと、貴族に何が売れるか……予測が難しいのよ。

早くきてくれるといいけど」


彼が抜けた穴は、思いのほか大きかった。


「なんか、シルフィーヌの村で、ティガースの特訓したらしいよ」

エクシーが笑う。


「村一番の名騎手になったって。ちゃっかり女遊びもして、女の敵認定されたとか」


続く言葉に、フローラも微笑んだ。


おれは、エクシーから聞く前に本人から報告を受けていた。


彼は、小まめに手紙を寄越す。


『ユウトさん、男はマメじゃないとモテないよ』


手紙の末尾に添えられた軽口と、彼のイケメンスマイルが脳裏に浮かぶ。


「なんで、おれはイケメンと文通してるんだろ……」


そう思いながらも、彼の気持ちを思えば、やっぱり無碍にはできなかった。

彼のファミリーへの想いの分だけ、文通は続きそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ