第85話 湯けむりの二人
==今から二年前、王の拉致から一年後
目がさめてしまった。
困った……奥さんがおれを抱き枕している。
彼女を起こさないように、そーっと、腕を抜く。
汗が背中を伝う。
"人間ジェンガ"だな。気を抜くと崩れる(奥さんが起きる)。
何とか成功して、そーっと部屋の扉を開けてトイレに行った。戻ってくるとーー。
「あ、ごめん……起こしちゃった?」
「大丈夫です」
裸でちょこんと、ベッドで座る彼女がいた。
抱き枕なおれ、香水に混じって、彼女の匂いがする。
「ユウトさん」
「ほいほい?」
「わたし、言ってないことがありまして……」
まぁ、彼女には驚かされまくっているから、たいしたことでは驚かないよ。
「うん……」
「むかし、さびしくて……いろんな男性と関係を持ってしまったんです」
申し訳なさそうな彼女。
「そうなんだ」
「嫌じゃ無い?ですか?」
「まぁ、嫉妬しないと言えば、嘘だし。1000年近く生きてれば、そういう日々もあるだろう?」
おれにだって、褒められたもんじゃない行いは、たくさんあるさ。
……彼女の話をひとしきり聞いた後。
「……そのエルフの里の別荘に温泉があると……」
温泉、彼女と水入らず。
湯気に濡れた背中に、熱った身体を冷やすお酒で、ほろ酔い。
……いきたい。
「一緒に行きませんか?」
両手を回され、蠱惑的な笑みを浮かべられる。
……はい、こんなんされたら、地獄の果てもついてってしまうぞ。
唇をゆっくりと近づけた。
ーー土と、緑の濃い匂い。柔らかな日差し。
匂いに反して、木々はブラウンに色付いていて、空の高さに、季節の移ろいがにじんでいる。
「あそこ……?」
おれの目線の先に小さな山小屋。
「いえ、管理してくれてる知り合いにご挨拶」
小屋に近づくと、硫黄の匂いが風に乗って届く。
胸が高鳴る。
ノックするエクシー。
声に応えて、中に入る。
「こんにちわ……」
「あ……エクシーじゃないか?」
エルフの女性。白銀の髪に尖った耳。
ふぁ……美人だ。
エクシーに連れられて、中に入る。
「いつも、妻がお世話になってます」
頭を下げる。
「……」
目を見開くエルフ。
「結婚したのかい?」
「ええ、2年前ぐらい」
ふんわりと笑うエクシー。
いつのまにか結婚した事になっていた。どうせ、何百年も一緒にいるんだ。嫌じゃないけどさ……。
「じゃ、あそこの別荘使うのかい?」
エルフの女性にうなずくエクシー。
「これ、お礼。ヴァィンディア(ツルの鹿)の生ハム」
そう言って、食パン1斤ぐらいの肉の塊を取り出して、置いた。
「ふふ、ありがとうよ。食べきれるかな?」
小屋を後にした。
ーー
扉を開ける。
土間にかまどと、流しと、ダイニングテーブル。
小上がりで靴を脱ぐ。
右手の扉を開けるエクシー。
「ここが寝室です」
大きな窓に、キングサイズのフカフカのベッドが置かれている寝室。エルフの手入れは完璧で、綺麗に掃除されている。
「ここがお風呂」
扉を開けると、脱衣所、そして露天風呂。
2つ置かれたリクライニングチェア。
サイドテーブル。
そして、バーベキューデッキとその横に置かれたテーブル。
お酒飲んで、温泉入って、彼女との夜。もう堕落しちゃうやつだな。
「すごい……」
思わず声が出る。
柔らかな日差しと秋のヒンヤリとした空気。
温泉独特の硫黄のにおいと立ち上る湯気。
風が木々を揺らし、湯けむりが流れた。
その中に彼女の顔がふんわりと和らいでる。綺麗だった。
おれは思わず、奥さんを抱きしめキスをする。
「先にお風呂に入りませんか……?」
顔を赤くして首をコテっとする彼女の破壊力……オーバーキル。
コンコンっ!!
音にビクッとなる。
甘いムードを破るようなノックの音がした。
「女神さま〜いますか?」
男の声がした。