第83話 元勇者は第二部ぶりに戦う
ワイナリーから続く、石積みの道を歩く。師匠のミノックと、作ったっけ。
打撃音と掛け声が聞こえる。
「ここは……」
ルークの声が少し明るくなる。
「ああ、訓練場だ」
校庭ぐらいの、土の床。
ダンジョンの土で作ったグラウンド。
「あれは?」
王様も興味津々だ。
「うちは、人と戦うより、魔獣とたたかうことが、多いから……」
猪の頭をつけた槍で低空で攻撃して、それを迎撃する訓練をやっていた。
そう……冒険者はとかく、腰を落としすぎて、動きが重く見える傾向にある。
訓練をまとめて見ている、A級冒険者のジジさんに手で挨拶する。
「はんっ、所詮は冒険者か……軍人には敵わんな」
デカい声。ルークが鼻で笑いつつ、目が蔑んだ目になる。
その一言に、白髪のA級冒険者の目が細くなる。ジジさん、キレるなよ。
「ふふふ、鍋の護衛が、イキがるじゃない?」
あ、うちの奥さんがキレた。
おれは思わず、伏目がちで王様の顔を見る。
3年前に、王様の拉致を、鍋の貸し借りに例えて、返還契約を結んだ。その"例え”を持ち出し、奥さんが煽り出した。
「やめい!!」
王様の声が響く。
訓練生もこちらを見ている。
「ユウト殿、ルークと一度、立ち会ってもらえんか?」
……まぁ、こうなるよな。
ルークの顔を見る。ニヤニヤ笑っている。
訓練生が顔を見合わせている。彼等とは時々、手合わせしているからな。
「王様、私言いましたよね?
この人の五年間、魔王を殺すために頑張っていたと。それを人類は知りもしない、感謝もしないと……」
声は淡々と静かに、でもしっかりと聞こえる。
「しかも、それを知っても敬意を払わない、身の程をわきまえないカス」
冷たい声。
身体が冷えた気がするのは、高原だからじゃない。
「ふん、魔王を殺したのは、皇帝ネロだろ? そいつ(ユウト)が嘘ついてるだけじゃないのか?」
空気を読まずに、ルークの口角があがる。
「その、カス皇帝がどうなったか、知らないのですか?」
エクシーが、ゆっくりと自分の首のところをスーっと、親指で横一直線でなぞる。
それを見た、王様の顔はみるみる青くなる。そう、おれの奥さんは『皇帝殺し』。
その圧がおれにまで降りてくる。
「ふん、イーストテリアの"剣聖"と呼ばれる、おれを随分と舐めてくれるじゃねぇか?」
伊達に王様の護衛してないか?
「まぁ、いいや。ルーク君、やろう?」
見た目は美少年。
中身はオッさん。
世界を救っても、誰も感謝しない。
謙虚でいたら、舐められる。
キャンキャン吠えるな。
クソな城壁なら、理屈も説教もいらねぇ。
殴って、壊す。
忘れられた勇者、ユウト。
今、再び──暴れ出す。
フッ。
「魔王に臆病風吹かしてた剣聖さまが、
いったい、どれほどのものか、見てやるぜ!!」
満を持して。
発進!
ーー入道雲が影を作る、グランドに立った。
目の前には木剣を持ったルーク。
「本当に素手でいいのか?」
ルークの声にイラつき。
「別に舐めてないけど、持ってるとやりづらくてな、ピーキーなんだよ」
間に立つジジがおれら二人の顔を見て、うなづく。「双方、いいか?」
「では、はじ……」
スっと、彼の懐へ。
両手を添えて。
ドンッ!!
彼の身体がふっ飛ぶ。
糸の切れた操り人形のように倒れるルーク。
やべ、やり過ぎたか??
でも、上手くできたな。無重力魔法で浮いて、彼の懐に瞬間移動。
そして、両手で押す瞬間に、自分をめちゃくちゃ重くして、ドンっ!!
介抱されている彼には申し訳ないが、フリーキックを決めたサッカー少年のように喜んでしまっていた。
ーー介抱されたルーク、王様、ジジ、エクシー、おれの六人で、ファミリーの拠点の入り口を通り抜け、2階へ。
「ルーク殿……」
ジジの静かな芯の通った声。
振り返るルーク。
「ふて腐れるなよ、強さは、この時ぞよ」
しっかり目を見て話す、ジジ。
さすがに、一度、右腕を無くしている冒険者。厳しくて、優しいな。
「剣聖だろ?!立ち上がるぐらい自分で立ち上がれよ」
負けたことも忘れて、食いしばって、こちらを見てきた。
……怒りもエネルギーさ、頑張れよ。
マルスさんの奥さん、シャインさんとローズさんに続いて……?
ドアをノックして、扉を開く。
甘い香り。
ふんわりと、笑顔で振り返る女性。
フローラさんだ。