第82話 時の階段の三段抜かし
ーー三年後
小さく光ったベッドライト。
「リリス、まだ起きている?」
「起きているよ、カイラ姉ちゃん」
いつも通りの声。
「ね、明日、緊張する?」
リリスにとってのビックイベント。
「うーん……わからない」
「王様だもんね」
どこで、知り合いになったのだろう?
「ね、びっくり」
リリスも知らなかったらしい。
「でも……あの二人なら、なんか不思議は無いというか」
続くリリスの声。
ユウト&エクシーの二人、3年経っても、どこか規格外なのだ。
ーー次の日
澄みきった青空に、モコモコと盛り上がる入道雲が悠々と浮かんでいる。
おれは、ファミリー敷地の端でエクシーを待っていた。
しばらくして、三年間の文通相手と一緒に向こうから、やってきた。エクシー、イーストテリア王、そして体格のいい男。
「久しぶりか、ユウト殿」
手を差し出してくる王様。
「あぁ、ここにくるのは3年ぶりか?」
おれは、握り返す。
体格のいい男がおれのことを殺気を含んだ目で睨んでくる。
「ああ、拉致された時以来じゃのう?」
「やめてくれ……」
思わず、口角があがる。
「こら、ルーク、失礼だぞ」
王が注意をする。
ルーク、チェスでいうと(城)か。ピッタリだな。体格がいい。
「でも……王様」
まだ、引かないルーク。
確かに気安く喋りすぎか?
「ユウト殿はワシの友人で、恩人だぞ」
「あれですか?……輪作とかやらの?」
「そう、アレで、我が国の食糧事情は向上した」
ルークがおれの顔を見る。
「さらにな、ユウト殿は"真の魔王殺し"。
人類の英雄ぞな」
ルークがおれを見て目を見開いた。
まぁ、わかるよ。見た目が美少年だからな。最近は言われ過ぎて、少年じゃなくて、美少年自覚もあるさ……。
中身はオッサンなのにな。
おれ、王様、ルーク、エクシーと並んでしばらく歩く。
目の前には石で堰き止められた、緑の葉っぱが、段々に広がっている。
草と掘り起こされた土の匂い。
「見事だな……本当にデュランダルトで成功させたのか?」
王のその言葉に少し鼻が高くなる。
「あぁ、もう収穫さ」
目線で掘り起こされた、土の場所を指す。
"ジャガイモ"
「世界初じゃないか?」
王の言葉。手紙でやり取りしているが、ルークに聞かせつつ、再確認か。
「あぁ、ダンジョン産の土で『段々畑』は世界初だな」
フレアと探し回った“あの土”が、まさかここで役に立つとはな……わからんもんだな。
収穫してる、女性に手を振る。
駆け寄ってくる。
「シャインさん、そろそろ準備しないと……」
声をかける。
「あ、そうだね。じゃ、また後で」
駆け去っていく、シャインさん。
「あれは……」
「マルスさんの4番目の奥さんのシャインさん」
おれの返事に王様が顔を伏せる。
1年前、マルス・バルラント、世界最大の商会を一代で作り上げた、豪の商人は、デュランダルトで、ひっそりと人生の幕を閉じていた。
「ユウ坊……一緒に飲むか?」
なんで、飲みの誘いばっかり思い出すのやら。のどの奥に小さく込み上げてくる。
畑から、少し上がり、石積みの建物の前に立つ。
「ここは……?」
王様が顔を上げる。
「ワイナリー」
答えながら扉を開く。
ほの暗く、ヒンヤリとした空気。
ズラーっと並ぶ樽。
ほんのりと香る果実臭。
「あ……ユウトさん」
掃除をしている女性が、おれに気づく。
「初めましてかな?」
王様が目を見開く。
そう、妙にオーラあるんだよな。
「王様ですか?マルスの二番目の妻、ローズと申します」
一年前、奥さんズの中でも、一番クールな彼女が一番泣いてて、あれはおれも堪えた。
「それで……『マルズ』か?」
「はい……美味しいでしょ?ふふふ」
若くてもフルボディのしっかりした味わい。
「では、後ほど……」
丁寧な礼をして、去っていった。
歩きながら、聞いてくる王様。
「ユウト殿、どうやって『用無しブドウ』をワイン用にしたんじゃ?」
「すまんが、そればっかりは企業秘密だ」
元、料理研究家のエクシーと見つけた。リンゴ系の果実と一緒に置いておくと、熟す。
あの酸っぱさと、渋みが、若くて熟成させたような味に変わる。
世界初のダンジョン産のブドウのワインの名前。それはクールな彼女のベタな愛情表現だった。