第80話 灯を落とす日
マルスの最初の妻、ベルナは足早に職場に向かった。
ラストデーの、今日こそは一番最初にお店に着いていたかった。
ただ、バルラント(マルスの苗字)一家を出てくる時、セレナはすでにいなかった。
……開いている。
小さく笑う。
一番最後に妻に加わったから、一番最初に店に来る。
一日も欠かさなかった、かわいい歳下の義理の妹。
「おはようさん」
「おはようございます、ベル姉さん」
いそいそと、お茶を入れてくれる。
「こんなに広かったかね……」
五人分の道具、お客さんのための材料が無くなった店は、寂しさの分だけ広かった。
「そうですね、2セット分残して、処分しましたしね」
セレナの口角はあがりながら、眉は少し下がっていた。
それをベルナに悟られないように、あさってのほうを向いている。
若い彼女に嫉妬してないと言えば嘘になる。後悔も、失敗も、人を傷つけてしまった事も、嫌な人間だった時もある。
でも、絶対に五人で無いと続けない!……むしろ一番、頑なな歳下の彼女達に大事な物、大事な時間を過ごせたと思った。
心の中にかけがえのない宝が残る、嬉しくて仕方なかった。
その日、セントラルで一番有名な仕立て屋『6番目のマルス』はしっとりと、でも、軽やかにその幕を閉じた。