第79話 嫌なやつは助けないのか?
次の日、おれはフレアを最上階にある、ファミリー長室に呼び出した。
組織をまとめるって事はイヤなことも言わなきゃならない。
前世の課長時代を思い出す。
目の前には、いかにも、勝気な女性、フレア。
「フレアさん、確認したい」
「……なんだい?」
「うちの組織は、あんたの宿代、メシ代を全て払っているが、今のところ、あんたは鹿の解体しか、やってないよな?」
「……っふん。金払ってやってるから、言うこと聞けってか?」
「あぁ……端的に言うとそうだが、うちもキチンと取り決めしてなかった。
これからの宿代、メシ代をもらいたい」
「なんだぃ、なんだぃ、カイラが助けてくれるって言うから、来てみりゃ、アンタも国といっしょだね、金だけとって偉そうにするだけで、傷めつける」
「いつ、傷めつけた?」
「ふんっ、期待させるだけさせておいてさ、調子いいもんだよっ!?」
「……ごめん、よくわからない、いつ傷めつけたか?聞いている。な、タダ飯食って、タダで泊まらせてもらうことが、傷めつける事になるのか?」
チッ……と舌打ちして、黙るフレア。
「なぁ!!一緒に働く相手を叩くことは、舌打ちする事は傷つける事じゃないのか?」
ついつい声が大きくなる。
「そりゃ、あんたがノロノロと……」
「ノロノロしてたって? だったら、口で言えよ。あんたの方が、よっぽどひどいだろ」
「なんて口の聞き方だい!!
こっちは、ケルトン釜の女将だよ!!」
「こっちは、魔王殺しだよ!!」
顔の表情が固まるフレア。
「へっ?」
「嘘じゃない……魔王、レオンはおれが殺した」
「ふんっ、こっちは魔王より怖い事も経験してるんだい」
折れないフレア。
魔王より怖いこと?
あの旅より?
虐殺、強姦、種床、生贄、捕食。
魔物に人がゴミのように扱われ、尊厳もない。吐き気。トラウマ。血のり。臭気。
あれに比べれば、まぁ、コイツなんてマシか?
「なぁ、カイラに頼まれたから、あんたの助けになりたいとは思った。……でも、それだけじゃない。おれは、あんたの焼き物にワクワクしたんだよ」
すこし、顔を上げるフレア。
「でも、うちは寄り添う杖なんだよ。
施す杖じゃねーんだ」
「どう違うんだよ??」
「格安で取引しねーか?」
「ふん……」
「あんたは窯元を自分の手で立ち上げたい?」
「そうだね……」
「その金をおれたち、ファミリーで貸すのはどうだい?無利子で」
「結局は助けてくれないじゃないか?」
「そうか?無利子だぞ?」
日本人的感覚だとわからないかもしれないが、十日で1割も普通の世界で、無利子は破格の条件だ。
……黙っているフレア。数秒が長く感じられた。
「はいっ!!ここまでだな。
おれはカイラの顔を立てて、しばらくのタダ飯、タダ宿、そして、無利子の融資を提案した。
それに対して、アンタは気に入らないって怒るだけだろ?
多分、これ以上、ここにいても上手くいかない。今すぐ、出ていってくれ!!」
フレアは少しだけ固まっていた。
そして、決意したように何も言わずに出ていった。
窯元の立ち上げ、やってみたかった。
ただ、おれの初めの進め方が良くなかった。タダ飯、タダ宿じゃなくて、格安での融資を告げる、うちは施す杖じゃない。
後味だけが悪くなった。
ーー夜、カイラが拠点に帰ってきた。
「そんな事があったんだ、ボク、知らなかった」
「すまんな、カイラ」
「いいよ、ボクの仕事は面接までだしね……選んだボクにも責任あるし。
ただ、この前会った時、フレアが“いい土が見つかった”って、言ってたから、期待してたんだ。……目がキラキラしてた」
……マジかぁ。
「ユウくん、なんでも、上手くはいかないよ」
カイラの瞳の奥の優しさが、身に染みた。
どんな会社でも、学校でも、組織でも、合わない人はいる。
人が集まりゃもめ事は無くならない。
でも、偽善組織の長として、少しでも今後の彼女の人生がプラスになるように、"偽善"だとしても祈っていた。