第7話 色気と理性とおれ
森の空気が、冷たい風と混ざって心地よい。
昼にはまだ早い時間、エクシーが笑顔を浮かべる。
「ブロンズベア、2体。ウルフロード、1体。
しばらくは十分ですね?」
「……上級の魔獣ばかりだな……」
「谷でおおわれて、外に出ないですから」
……天然の魔獣牧場。
「私、採った魔獣を街に売りにいきますね」
「おれも行こうか……?」
「あ……大丈夫です、個人の買い物もありますし」
風が彼女のかみを優しく揺らす。
枝を避けようと、無いほうの左手を動かそうとしていた事に気づく。
「明日から、村を出てダンジョンにいかないか?」
「セイントポーションのドロップ狙いですか」
「ああ、さすがに不便でさ」
彼女が"着いていく"というように、笑って頷く。
ーー
森を出て、エクシーは出かけて行った。
残されたおれは宿で昼飯を食べ、
春の空気に誘われるように、一人で村を歩き出した。
雪解けを迎えた村は、静かにざわついていた。
割れた壁を直す男たち。
かじかんだ手で畑を耕し始める老人たち。
女たちは、保存食をあと何日持つかを数えている。
「最初の収穫まで、持ちこたえられるだろうか?」
そんな不安が、村の空気を薄く曇らせていた。
その空気に似つかわしくない……人だかり。
呼び込みの声。
「いらっしゃい、いらっしゃい。
マルセル商会の『ゆめくじ』だよ!!」
……?うん、マルセル商会が、くじ引きなんかやるのか?
「1枚300エル、一等には100万エルだよー。みんなで夢を買おうよー」
チャチャを入れる男。
「そんなこといって、ハズレばっかりだろ?」
「これだから、貧乏人はいけねーや、1枚300エルで買えるのさ。パン2個で100万の夢が買える、買わなきゃ当たらないよ〜」
……あれ?おかしいな。
「どうしたんだい、ボウヤ?」
甘ったるい声に振り向く。
身体のラインがしっかり出たワンピース。
肩と胸元は強調するようにギリギリまで露出している。
男のサガで目線がいきそうになるのを逸らす。
「ぁあ……マルセル商会が本当にやっているのかと思ってさ」
「へ〜いっぱしの口を効くじゃないか?」
垂れ下がった目、ぷっクラとした唇。
甘ったるい、香水のにおい。
「ああ、会長と知り合いなんだ」
ーー会長の笑顔が浮かぶ
"困ったら、私の名前出しなさい"
"親分と呼んでいいって言われたとね"
「ボウヤが世界で一番でかいマルセル商会の会長と知り合い!?」
女は信じてない。
「……へ〜言うじゃないか」
「そうさ、親分って呼んでいいってさ」
「……?何だいそれ?」
鼻で笑われる。いちいち、色っぽいな。
「姉さんこそ、マルセル商会について知ってるのかい?」
「あぁ、娘だもの、よく知ってるさね」
「……偽物か。嘘だね、マルセル商会がやるはずないんだよ。100万エルの資金稼ごうとしたら、3,334枚売らなきゃダメだろ??」
目を見開く女性。
「ボウヤ、かしこいんだね。
どうだい?私のペットにならないかぃ?」
距離を詰めてくる女性。
「綺麗な黒髪に、女の子みたいな顔して、しかも生意気で……私はキミみたいなボウヤをヒーヒー言わせて、快楽漬けにしてやるのが……もう、たまらなくてね」
おれの目をジーっと射止めるように見つめてくる。
「ほら、気持ちよくさせてあげるよ。さっきからチラチラとみているこの胸でさ……包んであげるよ」
「……いや、いらない」
ユウトは首を振って、その誘惑をかき消した。
「なんだい、女も知らないのかい?
恥ずかしがってないで、飛び込んでごらんよ。
天国さね……」
甘い香水がおれの後ろ髪を強烈に引いてきた。