第78部 苛烈さは、愛せるのか?
寄り添う杖の大浴場は、たゆやかな湯気が舞っていた。
フレアは扉を開け、予想通り誰もいないのを確認して一息ついた。
自分の腕を見る――
ガリガリだ。骨って言われたほうが納得できる。
ケルトン釜の美人女将と呼ばれていた時は、遠い昔に思えてしまう。
「窯をつくろうぜ?!」
ユウトのその一言には、正直、胸が躍った。土がほとんど取れそうに無い、デュランダルト。
"ダンジョンの土で焼物を作る"
今まで誰も、考えもしなかったコンセプトだった。
おそらく、世界初になる。
焼き物の産地は "土" ありき。
様々な焼物をデュランダルトで作る。
「フレアさん、この土はどうだい?」
……なかなかの土だった。
「フレアさん?これは?」
……悪く無い。
どれも悪くなくて、次々と出てくるいい土にもっと、もっとと、求めてしまった。
「ハー」
一息吐いて、浴場の湯を腕でかき回す。
なまじ、ユウトが美少年なのに、上から目線なのも良く無かった。
「言い訳か……」
常に何か、考えながらノロノロと動くユウト。
「もっとキビキビ動け!」と、つい叱責し、手まで出てしまった。
フー…。
……ケルトン釜の女将と呼ばれ、弟子も叩いて育ててきた。自分もそうやって、怒鳴られて育った。だから当たり前だと思ってた。
でも――夫が帰ってこないとわかった日から、叩かれるのは私になった。
ハー。
あの瞬間から、世界の重さが変わった。
ーー湯をかき回す。
絶対に成功させたい。
新しい土で窯元を起こす事。
焦る気持ちと、ざわつく心。暖かい湯に浸かりながらも、落ち着く事は無かった。
*
夜の早い時間、寄り添う杖の食堂は、スープと焼けるパンの匂い、そして、人の行き来に活気づいていた。
ユウトは一人、お茶を飲んでいた。
(酒でも飲みたい気分だ……)
前世も含めると45歳。部活動で、叱責とかはあったが、叩かれるとかは無かった。
「はー」
相手は職人。
そういう世界だしなぁ。
「おう……ユウ坊、久しぶりだな?」
ファミリーに所属する、かつて片足だった、もう一人の石切職人、ミノックが、おれの目の前に座る。
「師匠……」
「お前も、そろそろ、師匠呼びやめろよ。周りが混乱する」
ミノックが照れくさそうに笑う。
「まぁーな、だから叩かれたのか?」
「……うん?どうした?」
おれはフレアとの事をミノックに話した。
ーーゆっくり、お茶を飲むミノック。
そして、切り出す。
「ユウ坊、お前って動きがトロいよな?」
ミノックは笑いながら言う。
「そうなの?」
「あぁ……、おれの元で修行してた時にも思った」
一瞬、目線をコップに落とすミノック。
「でも、それがお前のいいところだしな。
ただ、トロいやつは普通は職人に嫌われるんだよ」
なるほど、彼女が怒った理由が気になった気がする。
「それよりも、気になったのはさ、ユウ坊。
"助けてやってる"って上から目線になってないか??」
にぎやかな食堂に、その一言がおれの耳にひびく。
「……師匠と一緒にやっている時は、上から目線じゃ無かったよな?」
ついつい、後ろめたさを隠すような小声になってしまう。
「あぁ……師匠だったし、おれが教える側だったし」
……今も教わる側だし、何が違うんだろう。
考え込む、おれを見て、フッと口角を上げるミノック。
「おれには、答えがわかっちまった。
かしこいユウ坊より、かしこく無いおれが判る事もあるんだな?」
笑いながら、立ち上がるミノック。
「どうしても、"答え"が知りたかったら、聞きにきなよ、教えてやるからさ」
手のひらをヒラヒラさせながら、歩いていくミノックだった。
かつて、片足だった事は見る影もなく、両足でスタスタと歩き去った。
……両足か。