第77部 二人の闇
デュランダルトの外れ、高台にある大岩の上。
リリスは、ぽつんと腰かけていた。
「リリス……」
カイラは声をかけ、隣にそっと座る。
視線の先――ふもとに広がる街と、静かな夜の風。
口を閉じたままのリリス。顔は遠くを見たまま。
月の光が、二人を包む。
「どうしたの……?」
その声は、小さくて、でもあたたかかった。
しばらくの沈黙のあと――リリスがぽつりとこぼす。
「あのね……おかぁさんにも……食べさせてあげたかった」
目に、うっすらと涙がにじんでいた。
そして、ポツポツと語り出す。
「お肉、おいしくてね……。
でも、戦争が始まって、ご飯もほとんど食べられなくて……。
お父さんも帰ってこなかった」
重い一言だった。
「それでも、お母さんと一緒に……がんばってたの。がんばってたのに……」
聞くに耐えない――いや、聞いてあげなきゃいけない話だった。
母親を襲った敵兵たち。
息を殺して隠れた彼女は、生き残った。
夜の闇を這って、母のなきがらをまたぎながら、逃げた。
――「あなたは、生き残って!!」
最後の言葉を胸に……。
カイラは、言葉もなくリリスを抱きしめた。
この小さなユリの花が、折れてしまわないように。
***
――朝。
コンコン、とドアを叩く音。
カイラは寝ぼけまなこをこすりながら目を覚ました。
ロックワームの作った寝室は遮光性が高く、誰かに起こされないと、いつまでも眠ってしまいそうだ。
魔力灯をつける。
……隣にいたはずのリリスの姿が、ない。
「カイラ姉ちゃん、起きた?」
扉を開けて、顔を洗ったばかりのリリスが戻ってきた。
「うん……おはよう」
昨日の涙の跡は、もうなかった。
カイラは少し考えて――ふっと笑って、言った。
「ね、リリス。ボクも弱いの。夜、すごく怖いしね……」
突然の言葉に、リリスがこちらを見つめる。
「でもね……おかしいよね」
カイラは、照れくさそうに続けた。
「ボクのことなんてどうでもよくなるのに、誰かのためなら、意外と……頑張れちゃうんだ」
じっと耳を傾けるリリス。
「だからさ。ひとりで立ち上がろうとしなくていい。誰かのために、立ってみない?」
カイラは少しだけ、はにかむ。
「……たとえば、ボクのために」
「ほら、ボクってさ、一人で寝るの苦手でしょ?」
くすり、と笑うリリス。
ほんの小さな笑顔が。
きっと、いつか。
リリスは誰かのために、今度は自分から手を伸ばせる子になる。
魔力灯のやわらかい光のなかで、二度寝したくなるような、静かなやさしさが満ちていた。