第76話 肉の森
次の日――夕刻、茜色の陽の光。
血がついたエプロンに、乱れた髪のエクシー。
網の上の肉からは、肉汁が落ちて、煙をあげる。
ミラベル、リリス、そして元釜元の未亡人フレアが、ジョッキにビールを注いでくれる。
リリスはジュース。
「じゃ、お疲れ様」
カンパイの合図をあげて、ジョッキを合わせる。
「いゃあ、なんとか終わりましたね」
ミラベルがため息混じりにつぶやく。
「終わると思わなかったなぁ」
フレアが、洗い終えた桶を見ている。
おおかた、肉の量に“途方に暮れた”のを思い出しているのだろう。
パチパチと炎の音。
少し焦げた肉の香りが、血と塩と香辛料の匂いに混ざり、食欲をそそる。
風とビールが、一仕事を労ってくれる。
――ゆっくり遠くから近づいてくる影。
カイラ。
「お疲れ様〜、すごいいい匂い。終わった?」
おれらの顔を見渡す。
「終わった、終わった」
鼻が高くなる。
「すごい量だった」
フレアも頷く。
そうだよな。量、多かったよな?
「見ていって、もう、肉の森だから」
ミラベル。
リリスもうなづいている。
カイラを引き連れて、木の扉の前へ。
「しっかりした扉だね」
「エクシーの知り合いのドワーフの特製よ」
重厚な木の扉を開ける。
暗い階段。ヒンヤリとした空気。
降りて。
「ライト」
子どもでも使える生活魔法。
「ヒッ!!」
カイラが思わずビクッとなる。
肉の塊が、コウモリのようにずらーっと垂れ下がっている。
「これ、生ハムね。25本あるから」
「……は? この量? このタオルみたいなのは?」
「それ、ジャーキーね。400枚ぐらいあるから。数えるの途中でやめた」
カイラがひらりと一枚持ち上げる。
「これ誰が干したの? むちゃくちゃ……多くない?」
「ミラベルとフレアで吊るしてるときは、『心を無にしろ!!』って言い合ってた」
ヒンヤリとした空気の中を、肉のタオルがサラサラと風に揺れる。
異様に壮観だ。
「このロープは??」
「おう! ウィンナー、ソーセージ、フランクフルト。
ハーブ系、ブラッディー系、いろいろ作った」
「これ、ロープっていうか……網??」
数十本の色とりどり、大小さまざまな“肉のロープ”。
あれを焼いたら、ビール一杯で終わるはずがない。
燻製肉ブロックが、レンガ大の大きさで30個。
油漬け(コンフィ)が、20壺。
パンに塗ったら美味しそうなリエットが200瓶。
「瓶、多すぎじゃない?」
「うちのエクシーが張り切った結果です」
「保存食っていうより……もう肉の倉庫」
ふたりで、肉の倉庫を歩く。
「数の暴力だねぇ〜」
思わず微笑むカイラ。
「だな、ヨダレ出てきた」
スパイスと燻煙の香りの中、外へ出る。
一転、肉の焼ける匂い。
「あ、カイラも食べていって??」
エクシーがさらに食べやすいサイズにしてくれたステーキ肉を、次々とよそっていく。
「サーロイン、最上級!」
その一口サイズの肉をフォークに刺して、一口。
「うん……美味しい。ボクもビール飲みたいな……」
カイラの笑顔に、みんな、うれしくなる。
「ちょっと待ってて」
ミラベルが腰を上げ、ビールを取りに行く。
パクパクと、カイラが食べる。
パチパチと音を立てる炎。
1日の仕事の疲れの余韻にひたるメンバー。
「あれ? リリスは?」
カイラのお気に入り、リリスがいないことに気づく。
「少し景色を見てくるって……」
エクシーが、ふし目がちに答える。
茜色の空は、いつの間にか漆黒に変わりつつあった。
パチパチと爆ぜる炎の音が、静かに響いていた。