第74話 鹿はデカい
スープの香辛料の匂い。
けだるいオレンジの光は、魔力灯。
円形のテーブルにWのカップル。
おれとエクシー、ミラベルにマルネロ。
4つのワイングラスが、ほろ酔いの心地よさを表している。
「へ〜」
マルネロの言葉にうなずく俺。
「なわけで、イーストテリアで仕入れた3億エル分、捌けました」
「マルネロ君、優秀ね」
ミラベルの顔が少し赤い。
「ね、すかさず、サザンスール、ラウェストで売ったしね」
マルネロに付き添ったエクシーも同意する。
イーストテリアの戦争を止めるために買いつけた物資は、常時の2倍の3億エル。
――戦争の準備中のサザンスールと、ラウェストで売り抜けた。
2割の6千万エルが粗利になった。
「いゃあ、エクシーさんの収納魔法が、反則ですよ。あの魔法、ユウトさんも使えないっすか?」
「いや、それがさ、あれ厄介でさ。練習はしてるけど、できる気配すら無い」
ヒャッ。
冷たっ。背中に1滴、水。魔法。
「ユウトさん、リーダーがネガティブな発言はNGですよ」
小さく笑うエクシー。
魔力灯がけだるく揺れていた。
ミラベルが一言。
「食料品の値段が、上がっているの」
ラウエストとサザンスールの戦争準備が、ここデュランダルトにも届いていた。
「麦も、肉の値段も」
マルネロ。
「ダンジョンで肉は取れるから、比較的安いけどね」
ミラベル。
「ユウトさん、エクシーさん、ダンジョンで、肉獲りませんか?……今なら儲かりますよ?」
マルネロの言葉にふと思いついた。
「エクシー、生ハムって作れる?」
「ええ、作れますよ」
――さすが、元料理研究家。
「生ハムって何?」
ミラベルが食いついた。
「肉を塩漬けにして、熟成しめ、柔らかいまま、腐らず、食べれます……肉の脂が決め手ですね」
エクシーの説明に、ヨダレが口に溜まる。
「それって、将来的に助かりそう」
ミラベルの眉が下がる。
「どうしてですか?」
心配するマルネロ。
「だって、戦争で、孤児や未亡人、この街に出てくるの……」
親を亡くした兄妹。
最愛の人と食い扶持を亡くした人。
職を求めて、この街に、命や性を天秤にかけて、稼ぎに来る。
タイムリミットはおそらく、3ヶ月。
「……あまり、飲んだくれてるのもなぁ」
思わずつぶやく。
元勇者の“のんびりスローライフ”も、飢えた人の隣ではやりづらかった。
「無理は長続きしない……のんびりでいいと思いますよ」
エクシーが優しく、笑った。
⸻
ーー次の日
濃い緑の匂い。
エクシーと久しぶりのダンジョン。
ツルが幾重にも巻きついた、森の中の道。
「本当に、ここにいるのかな?」
手で、葉っぱを掻き分ける。
「ミラベルの情報だと、いるみたいですよ」
ニッコリ笑うエクシー。
……なぜか、その顔を見てしまう。
まだまだ、新婚か。
思い出す、元ギルド職員ミラベルの昨日の言葉。
「ユウトさん、エクシーの二人なら、『用無しブドウの森』の鹿も狩れると思いますし、エクシーの収納魔法で持ち運びも楽じゃないですか」
そして、今にいたる。
「結局、どんな鹿なんでしょうね」
「な、このブドウ食べて、肉質変わるのかな?」
そこら中になってる『用無しブドウ』と呼ばれる、ピンポン玉サイズのブドウを獲る。
「食べて大丈夫かな?」
「酸っぱいらしいですが、大丈夫みたいですよ」
プツ、皮からピコって、出たそれを食べる。
……ウっ。顔が歪む。
「どうですか?」
「酸っぱいだけなら……しかも」
「苦いっ!」
エクシーが吹き出すように笑った。
うん?……反応。
「いますね?」
エクシーの索敵魔法にも引っかかったみたい。
まずは身体強化魔法で、一気に、50m以内に近づく。
さすが、エクシー。着いていくこっちの身にもなってくれ。
開けた広場にソイツはいた。
思わず笑ってしまう、その大きさ。
全長5メートル以上。
角の先まで入れたらもっとか。
全体がまるで、街を走る特大バンみたいな鹿。
『ヴァィンディア(ツルの鹿)』
みんなの胃袋を埋めてくれる、ちょっと現実離れした特大獲物。
本日の獲物。
狩りの時間、始まりだ!!