第72話 素敵な二人の結婚式
新拠点の食堂には、温かいとしか言えない空気が流れていた。
「カイラ、嬉しそうだな」
おれは目の端で、今まで見たこともないくらいはしゃぐカイラを見て、思わず笑みがこぼれる。
「あなたも、嬉しそうよ」
エクシーが艶やかに微笑んで、軽くグラスを掲げる。
主役を邪魔しないように、少し控えめなドレス――それでも破壊力は抜群だ。
「アイツと、カイラの知り合いが結婚するとはな」
ミノック師匠も、大きな手で何度もヒゲを撫でながら笑っていた。
かつて、カイラを拾ってくれた、当時のデュランダルトNo.1娼婦、マリア。
そして、ミノック師匠の元同僚で、北の石切場で汗を流してきた真面目な職人さん。
二人の結婚式。
一番、喜んでいるのはもちろん、カイラだ。
子どものように手を叩いて、笑って、泣いて。
その姿を見て、周りのみんなもつられて笑顔になる。
その様子を静かに、そして優しい目で見守るマルスさん。その横にリリス。
「ちょっと、マルスさんの奥さんたちに挨拶いってくる」
おれはグラスとボトルを手に、立ち上がった。
久しぶりに会うベルナさん、ローズさん、フローラさん、シャインさん、セレナさん。
「ユウ坊!」「ユウ坊、全然来ないんだから、」と、変わらずに、わちゃわちゃと囲まれる。
隣の席に、マル爺と化した大商人が、リリスと語り合っている。
リリスの顔は、どこか柔らかく、大人っぽくなっていた。
二人の彼女に両脇を抱えられながら、赤面して結婚を迫られているダン君。
新人冒険者たちは、ジジさんと久しぶりの酒に大盛り上がりだ。
ミラベルと、真っ赤な顔でしどろもどろになるマルネロ。
エクシーがそんな光景を温かい眼差しで見守っている。
……悪くないな
ずーっと続いて欲しい、終わりが名残惜しくなるような、楽しい時間、空気が流れていた。
ーーイーストテリアの王城近くの物陰
「じゃ、王様、ここで」
おれは、また明日会うかのような気安さで、手を振ろうとした。
「こらこら、年長者として、ひとつだけ教えておいてやる。
優しさは甘やかすことではない。厳しさも必要だ」
そう言って、王は懐から一枚の書類を取り出した。
返還契約
・セントラルとの戦争を3年間停止
・変わらぬ、寄り添う杖とリオン商会との友好関係
・身代金1エル+お気持ちで
代理署名 寄り添う杖副代表 エクシー
思わず、隣に立つエクシーを見た。
してやったり――そんな表情をしている。
ったく。今夜のベッドでヒーヒー言わせ……いや、言わされ……。まぁ、いいか。
「身代金1エルって……」
「エクシー殿に相談したら、『鍋を隣に借りに行くのに、わざわざお金はもらわないでしょ?』と言われての……」
なるほどな。
王は少し、目線を外して、一息。
「ユウト殿、ワシはな、正直、君達夫婦が怖い」
こちらの目を真っ直ぐ見てくる。
「王の拉致を"鍋の貸し借り"に比喩してしまう感覚がな」
脅し過ぎたか?
エクシーを見る。
真顔。開き直りの顔。
「契約書、ちゃんと読みました?」
おれが問いかけると、王様がふと真面目な顔になる。
「“友好関係の継続”ってあるでしょ? それを、言葉だけにしたくない」
そう言って、王様の目をしっかり見た。
真意を確認するように、こちらを見返してくる。
「だから、友好のあかしに、数年後、教育されたうちの孤児を、執務官として雇ってくれないか?」
「ふむ……」
「読み書き、計算がバッチリできて、仕事もできる子さ。
そうすればこっちも就職先の相手だと、無碍にできないからさ」
考えこむ、王様。
「無理にとは言わない。友好関係なんだ。手紙のやり取りぐらい、構わないだろう?」
あまりのんびりしても、見つかると厄介だ。
「それじゃ、そろそろいくさ」
手を振り、去ろうとすると。
「あまり会いたくはないが……」
そう言って、笑いながら手を差し出してきた王様。
「友好関係じゃろ?」
その言葉におれも手を差し出す。
小休暇の客人――握り返してきた手は、温かかった。
未来が、ほんの少しだけ、柔らかく開ける気がした。