第71話 優しき化け物夫婦
フレアが帰った後の食堂。
王は椅子にへたり込んでいる。
「ジジさん、引き続き悪いけど、お願いできる?」
「あぁ、構わないよ」
元々、王の付き添い兼見張りをお願いしていたのもあるが、さすが年長者。
気遣いが染みる。
ミラベルに、エクシーがどこにいるかを聞いた。
高い位置にある、デュランダルトを見下ろせる大岩の上にエクシーは座っていた。
景色を眺めている後ろ姿。
「隣、いいか?」
「ええ……どうぞ」
彼女の隣に腰を下ろす。
暖かな陽の光。頬を撫でる風。
「どうされましたか?」
優しく聞いてくれる。
「ああ……ちょっとな。面接した女性が痛々しくて、気持ちがぐちゃぐちゃでさ」
「なるほど……甘えにきた、と」
それは禁句だ。
フーッと、一息。
「元、窯元の女将さんで、ショックで白髪になって、食べれなくて痩せててさ。オッパイも萎んでて、まだ25歳なのに……」
「なるほど……」
風が慰めるように吹き抜ける。
「必ずではないですから、期待しないでくださいね……」
エクシーが前置きする。
「ストレス性の白髪は、治ることもありますし……オッパイも、ちゃんと栄養とって健康的に太れば、シワは少しは戻るかもしれませんよ」
彼女の顔を見る。
「でも、必ずじゃないので……期待しちゃダメです」
優しく、そして少し悲しそうに笑った。
「……そうだな、オレがクヨクヨしても仕方ないな」
「そうですよ。リーダーはバカで元気ぐらいがちょうどいいですよ?」
バカは余計だが、まぁ……エクシーが笑ってるから、許す。
「カイラの紹介だし、ファミリーで雇うけど、何してもらおうかな」
「何をしてた方ですか?」
「……元、窯元のおかみさん」
「その方は何をやりたいんですか?」
「陶芸だ」
……エクシーが固まる。
そう、ここデュランダルトは石の街。
土が取れない。
「エクシー、元、料理研究家だよな?」
「ええ……でも、器までは……」
「窯元って、それぞれ専用の土が取れるんだよな?」
「そうですね」
「逆に言えば、土があれば作れるんだよな?」
「はい……ただ、この国では難しいかと」
「ダンジョンの中には?」
エクシーと目が合う。
……気づいた。
思わず抱きしめられ、胸に顔を埋められる。
鼻の穴が膨らんだのは、内緒だ。
ーー食堂に戻り、王とエクシーと3人で散歩に出る。
ハァハァ言いながら着いてくる王。
大岩の上に座る。
エクシーがマグカップのお茶を3つ。
ヒョコっと異次元収納から取り出す。
「いい景色じゃのう」
「ですよね?」
つい返事してしまった。
エクシーは一歩下がり、座った。
「わしをどうするんじゃ?」
「明日には返すよ」
「条件は『戦争をやめろ』か?」
「脅すつもりはないけど……まぁ、聞いてくれよ」
お茶を一口。
「最初は、マルスさんとマルネロの故郷を守りたいだけだったんだ」
言っていいよな?
「だけどな……『ラウェスト(西の大国)』と、『サザンスール(南の大国)』が戦争を始める」
王が息を飲んだ。
「それは、本当か?」
「ああ、十中八九間違いない……うちの香水販売員の二人が掴んだ情報だ」
香水事業は情報収集の意味もあった。
「世界中に孤児や未亡人が生まれる。うちのファミリーが受け入れても、焼け石に水さ」
「でも、この街の人達は、またか……って、心を痛める」
「弱かったり、あぶれた人が集まる街、ここがデュランダルトだからさ」
戦争をする国が少ない方がいい。
「頼む、王様。セントラルが落ち着くまで、3年だけ我慢してくれないか?」
頭を下げた。
すかさず、エクシーが口を開く。
「王様、この人の正体……知らないでしょ?」
おれには展開が読めた。
「この人が本当の『魔王殺し』、人類の英雄」
王の目が見開く。
「それを……人類は誰も感謝しない。知りもしない。むしろ、欺いて横取りするカス」
思わず、出てしまう暴言。
「ねぇ、魔王討伐はセントラル、イーストテリア、ラウェスト、サザンスール……全ての国の悲願じゃなかったの?」
ゆっくり、人の心に沁みるように訴える。
「5年間、身を粉にして、頑張ってきた英雄が、戦争をやめてくれって、下げる必要の無い頭を下げる……」
優しい風が吹いていた。
「この人はね、人を動かすのが脅しや、命令や暴力で無いで欲しい。
優しさや、感謝や、情であって欲しいんですって」
そう言って、エクシーは王様のほうを見た。
「ね、王様、私からもお願いしますね」
マグカップのお茶は、優しい夫婦のように、王様の心に温かく沁みたのだった。