第6話 ファイアーボールのプライド
夜明けはまだ、少し遅い、春。
伸びをしかけて、空振りに気づく。無いはずの左腕に、妙な“重み”があった気がする。
昨日のお開き近くに。
「金策にちょうどいい森があります」
エクシーの提案。
そういえば、一文無し。
ある時払いで借りている。
ふっ……さ、準備をしよう。
まずは、金稼ぎだ。
ーー
彼女に連れられて宿を出る。
村の端まで歩いていると、底が見えない谷。落ちたくない。不吉な風が立ち上がる。
その先に光をさえぎる、青黒い森と木。
人が三人通れるぐらいの、五本の丸太橋。
「この森の先に魔王城の裏口があります」
…………はいはい。もう君には何も驚きませんよ?
心の中で、君のことは"爆弾娘"って呼んでますから。
「実は結構近いです」
エクシーがスタスタと橋を渡り出す。
……え、ちょっと待てよ!!
ここを渡るのか?
でも、怖いと思われたく….。
そろそろと身体を動かしだす。
大丈夫、丸太は五本ある……。
「よく渡れましたね」
「あぁ、まぁな…」
怖いなんて言えない……。
「落ちたら、空中で抱きとめますので、大丈夫ですよ」
わかっていると言う風に、クスリと笑われた。
……サラッと言ったが、飛行魔法を使えるやつに出会った事が無い。
あと、最初にいっておいて欲しい。
今は片腕ないので。
少ししめった地面のにおい、青々とした樹のかおり。
サワサワと、風が心地よく樹々の音を奏でる。
魔王城に近いなんて、全く感じない。
立ち止まる彼女。
「あそこ、いますね」
100メートルほど先を指差す彼女。
銅の色をした丸いかたまりーー。
いた……"ブロンズベア"
索敵範囲が、広すぎる。
「まず、ユウトさんが魔法を撃ってください」
「よしーーやってみるか」
……手が汗でじっとりする。
「どうされましたか?」
「すまん、おれの魔法だと、届かない」
ユウトを見て、やっと気づいたような顔をするエクシー。
「ふふふ、大丈夫です。一緒に届く距離までいってあげますから」
ダメだ。この娘にいいところ見せるのはかなり、無理ゲー。
50メートルまでじわじわ近づいて――右手を構える。
ッフ、と息を吐いて、魔法を放つ。
ズドン。首筋に直撃。
彼女が指を振る。
空気が、ビリッと裂けるように一瞬ひずむ。
「バズン」
眉間をキレイに撃ち抜く。
「これが私のファイヤーボールです」
……。
かたまること数秒。
いやいや、おかしいよね。
……おれ、腐っても……勇者……だよな……?
「……おかしいなぁ」
小さい声でつぶやく。
「ふふふ……ユウトさん、優秀ですよ」
そう言って、彼女はそっと、右手でおれの頭に触れる。
「一般のファイヤーボール」
彼女が、手のひらの上に"バレーボール"ぐらいのファイヤーボールを出す。
「ユウトさんのファイヤーボール」
野球ボールぐらい。
「私のファイヤーボール」
ビー玉くらい。
色も青い。
「スゴっ……」
「まずは魔力の圧縮から練習してみましょう?」
指を振るだけで出せてあの威力。
やる価値はある。
「おぅっ!!」
「でも……今日は……。
おいおい、教えてあげますね」
(だって、魔力の圧縮って……初心者がやると、絶望しか見えないから。
まずは、楽しくないとね……♡)
少し肩を落としつつ、彼女についていく。
勇者だった。
右腕で剣、左腕で魔法。
あの頃の誇りが、少しずつ剥がれていく音がした。